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苦杯11

俺が6つの時、母さんは死んでしまった。 それからすぐに、俺の父親と名乗るアイツに連れて行かれた。 汚らわしそうな目で俺を見下ろすその男の顔が、脳裏に焼き付いて離れない。 やたらと大きな屋敷に連れて行かれ、すぐに体の隅々まで使用人に洗われた。 そして、酷く簡素な部屋に監禁された。 母さんもおらず、見慣れない空間で1人きり。 そこには温もりなど何もなかった。 俺は寂しくて寂しくて、強く自分の体を抱きしめ蹲ることしかできなかった。 まるで世間から俺という“汚物”を隠すように。 人ではなく、物を扱うように。 あの何処までも冷え切った男の瞳が恐ろしくてならなかった。 そして俺は、ついにその屋敷から抜け出した。 1人の使用人の男に性行為を持ちかけ、じわじわと懐柔したのだ。 外へ行かせてもらうまでの説得に大分時間を要したが、それでも願いは叶えられた。 俺は男の隙をついて逃げ出した。 「諦めてはいけないよ」と、何度も頭の中で母さんの声が聞こえる。 ただ我武者羅に走った。 何もかもから遠ざかりたくて、必死で逃げた。 しかし、幼い自分の足では限界があった。 使用人に捕まり、怒り狂った男に酷く痛めつけられ、そのままアイツの前に連れて行かれた。 最後の力を振り絞り見上げたその顔は… 以前と変わらない、汚物を見るような瞳だった。

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