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予期せぬ展開3
押し黙る僕に、彼は笑みを浮かべた。
「言いたくないならいいんだ。ごめん、変なこと聞いて」
「あ、ううん…」
「じゃあ俺、もう行くな。お邪魔しましたっ」
そう言って羽純くんはこちらに背を向ける。
軽やかに階段を降りていく彼の背中に、僕は咄嗟に声をかけていた。
「は、羽純くん…っ」
「え?」
振り向いた羽純くんが、キョトンとした顔でこちらを見上げてくる。
そんな彼へ、僕は震える唇になんとか声を乗せた。
「め、眼鏡、ありがとう…っ」
羽純くんの瞳が、僅かに見開かれた。
二人の間に静寂が訪れる。
それに動揺する僕を見つめていた羽純くんは、やがて柔らかな微笑みを浮かべて言った。
「シンでいいよ」
「……し、ん?」
「うん。慎太郎って長いから、みんなそう呼ぶんだ。だから天野もそう呼んでっ」
最後に無邪気な笑顔を見せると、彼は階段を降りて行った。
姿が見えなくなり、ふっと息を吐く。
彼はまるで光のような人だ。キラキラと輝いて、周りを明るく照らしてくれる。
僕みたいな落ちこぼれとは違う。まさに完璧な人間。
僕の、憧れの人。
その時チャイムが鳴り出して、僕はハッと我に返った。
おこがましいことを考えていた自分に恥ずかしくなり、急いでお弁当箱を片付ける。
階段を駆け下りる体は、いつもより軽いような気がした。
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