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引き立て役7

11時40分。 指定された駅にいるとすぐに生駒くんが来て、なんの説明もなく連れてこられた建物の前。 僕はそこにある看板に絶句していた。 対する生駒くんはニコニコと笑みを浮かべている。 「……生駒くん」 「なーに?」 「ほんとに、ここであってる…?」 「もちろん」 「……」 やっぱり彼には、そっちの性癖があるのだろうか…。 看板には、《女装メイド喫茶》という文字が書かれていた。 遠のきそうになる意識をなんとか保ち、恐る恐る生駒くんに顔を向ける。 「なんでここなの…?」 「それがさー。知り合いがここでバイトしてんだけど、今日休まなくちゃいけなくなったみたいで」 「……ん?」 「それでヘルプ頼めるやつ探してこいってうるせーから…」 「ちょ、ちょっと待って!?」 今、なんて言った? ヘルプ?バイト? どういうことだ。だってこの流れは…。 顔がサッと青ざめていくのが分かる。 そんな僕に、生駒くんは爽やかな笑みを作り親指を立てた。 「名前言えば大丈夫。俺は普通に客として入るから、まぁよろしくー」 「お茶って言った!お茶って!」 「喫茶店イコールお茶だろ?」 「無理があるよ!」 「おー、声を張り上げる虎ちゃん初めて見たー」 話を晒す彼にプルプルと体を震わす。 だからあんな明確に場所と時間を指定してきたのか。 「絶対無理だから!やるなら生駒くんがやってください!」 「いや、ここは男の娘を求めてんの。俺みたいなバリバリ男じゃ無理無理」 「生駒くんは綺麗だから大丈夫だよ!」 「いや、虎ちゃんの方が綺麗でしょ」 「そんなことない!!」 「全力で否定すんのな」 こんな自分から被害に遭いにいくようなことできるわけがない。 僕は外出する時、慎太郎くんと一緒にいる時以外は顔を隠している。 前のショッピングモールでのことで学んだのだ。 しかしバイトをするなら外さなくてはいけないことになる。 そんなのは無理だ。断固拒否だ。 「あーいいのかなぁ、んなこと言って」 「え?」 「だって俺、虎ちゃんの素顔知ってんだよ?つまり弱み握ってんの」 「…!?」 まさか、脅されているのか。 笑みを浮かべながらとんでもないことを言う生駒くんに驚愕する。 会った時から思ってたけど…… この人、イケメンの殻を被った悪魔だ! 「虎ちゃん。ヘルプ、頼めるよな?」 「……」 女の子だったら一瞬で恋に落ちそうな笑顔を浮かべて、僕に選択を迫る生駒くん。 選択といっても、殆ど命令だ。 拒否権なんて初めからありはしない。 その笑顔は僕にしたらとても恐ろしいものに思えて、自然と顔が引きつる。 そして次には、僕は激しく項垂れるのだった。

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