44 / 216

引き立て役10

現れた一人のメイドに、客席はざわつき、息を呑んだ。 透き通るような肌。大きな瞳。小ぶりで整った鼻と口。すらりと伸びた細い手足。 そのどれもが見る者を魅了し、その場の空気をガラリと変える。 アイスココアを頼んで彼の登場を待っていた生駒は、一度周りと同様に言葉を失い、次には苦笑いを浮かべた。 「……想像以上だし」 多くの視線が向けられる中、当の本人は内心怯えながら、店長の教えを必死で思い出す。 『子猫ちゃん。笑顔が大切よ!あなた可愛いから、笑ってればなんとかなるわ!』 アドバイスとしてはいかがなものかと思ったが、「は、はぁ…」としか返すことができなかった。 よし、笑え。笑うんだ。 えっと、笑顔ってどうやって作るんだっけ…。 あれ、口角が動かない…。 なんか緊張しすぎて表情筋が固まってる…。 そうしてさらに内心パニックになる虎介だが、無表情は無表情で人形らしさを際立たせており、より美しさが増していた。 「虎ちゃん」 「…!」 声をかけた生駒は、その手を振ってニコニコと笑顔を浮かべる。 虎介は一度店長にアイコンタクトで許可をもらうと、彼の元へ向かった。 その間も多くの向けられる視線に、無意識にその小さな体をさらに小さくする。 やっとこさ生駒の元へ辿り着くと、彼は両手を合わせて満面の笑みを浮かべた。 「マジでびっくりした。虎ちゃんヤバイくらい可愛いな」 「……」 全然嬉しくない。訴える視線を無言で送ると、「不貞腐れた顔も可愛い」などと言われてかわされてしまった。 まったく。男に可愛いを連発してどうしたいのだ。 「俺の目に狂いはなかった。今日は多分忙しくなるだろうから、ガンバ」 「え。それってどういう…」 「子猫ちゃん!指名きたから注文取って!」 「へっ?あ、はい…!」 尋ねようとした途端に、店長さんから指示が出て慌てて動き出す。 バイトは経験があるので、なんとか注文を取ることはできる。 「いらっしゃいませ。ご注文は…」 指示された席に行けば、男性が三人、身を乗り出してこちらを見てきた。 それに動揺していると、三人は未だこちらをマジマジ見ながら口を開く。 「メイドさん、ほんとに男の子?」 「え?あ、はい…」 「すげぇ…。めっちゃ可愛い」 「ってか女子すらも超えてね?」 真顔で言われて、顔が引きつりそうになる。 こういう視線は、やはりいつまで経っても慣れない。 いや、慣れるのもどうかと思うが、体が強張ってしまうのはどうにかしたかった。

ともだちにシェアしよう!