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偽り5

家に帰ってきて、碧兎はすぐに悟った。 先に家に帰っていた父は、ソファーに座り居心地悪そうに身を縮めている。 いつもは自由気ままな彼も、虎介がこうなっては形無しだ。 父の名は天野(たくみ)。 少し強面でありながら、その顔立ちは整っている。 虎介は父に似ていないが、碧兎の色っぽさは父親譲りだねと、よく父の知り合いの人に言われることがあった。 二人は目が合うと、同時に頷いた。アイコンタクトで会話をする。 (あれだよね?) (あれだな) そうして互いに苦笑いを浮かべると、俺はそろりとキッチンの方へ視線を向けた。 そこは大量のショートケーキで埋め尽くされている。 その量から、今回は相当ストレスがあることを悟った。 これらは全て虎介が作ったケーキたちだ。 こんなにたくさん作ってどうするのかと言えば、本人が全て食べる。 それはもう物凄い勢いで。 今も黙々とクリームをかき混ぜている虎介からは、目に見えて負のオーラが立ち込めているようだった。 そんな弟にそっと近づき、俺は声をかける。 「虎介、ただいま」 「……」 「虎介」 「……」 「おーい、虎介」 「……ぁ。おかえり」 やっとこちらに気づいた虎介は、見るからに表情が曇っていた。 これは怒っているのではなく、落ち込んでいる方か。 そう内心で判断し、俺は虎介の頭を撫でた。 「何かあった?」 「……ううん」 「こら。嘘つかない」 分かりやすく視線を逸らす虎介は、俺の指摘にうぐっと言葉を詰まらせた。 虎介は遠慮しがちなところがあるので、こういう時あまり話そうとしたがらない。 今回も同様なようだと判断し、俺はチラリと父さんに視線を送った。 こういう場面を何度も経験してきた二人は、目だけでの会話である程度のことは伝わる。 「父さんからもなんか言って」というメッセージが伝わったのだろう。 彼は一度顔をしかめ、次には渋々頷いた。 自由人の父は、いつもは虎介にベッタリなくせして(きっと母に似ているからだろう)、こういう時は奥手になる。 やがて彼はハーフアップに縛った髪をガシガシとかきながら、虎介に声をかけた。 「あー……その、なんだ。家族相手にまで、気を使う必要なんてないんだぞ?無理に溜め込むな、悩みを。それにケーキも」 「父さん」 少しふざけようとした父を制し、碧兎はニコリと黒い笑みを浮かべる。 そうすると父は子供みたいに首をすくめた。 そんな彼に溜息をつくと、気を取り直して虎介に顔を向ける。 「虎介。今日は俺がご飯作るから、ちょっと休んでな」 「ご飯?……って、あ!」 夕食の支度をしていなかったことに気づいたのか、虎介は慌て出す。 そんな弟の肩に手を置きソファーまで誘導すると、父の隣に座らせた。 「俺が作るから。虎介はここで待機」 そう言い聞かせるようにいうと、渋々というように頷かれる。 そんな弟の頭を一度撫でると、碧兎は再びキッチンへと向かうのだった。

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