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偽り6
久しぶりに食べた碧兄のご飯は、とても美味しかった。
一口食べた途端に、つい張り詰めていたものが緩んで涙が出そうになる。
ズビッと鼻をすする僕を、父さんと碧兄は気遣ってくれた。
「あーほら虎介、俺の唐揚げ一個やるよ。ついでに玉ねぎもやる」
「それは父さんが食べたくないだけでしょ」
碧兄が低い声で指摘すると、父さんはギクッと首をすぼめた。
この二人のやり取りは昔から変わらない。
しっかり者の碧兄は、母さんが死んでしまってから、一層大人びた気がする。
それは僕ら家族の為にしてくれているのだろう。
それが分かって、少しでも彼の負担を減らす為に料理を勉強した。
父さんも、僕らが小さい頃は仕事が忙しいはずなのに、少しでも一緒にいる時間を増やそうとしてくれた。
母さんがいなくなってからも、僕らは支え合ってやってきた。
僕は二人に感謝しているし、信頼もしている。
だから、話すつもりはなかったけれど、少し相談に乗ってもらうのもいいのではと思った。
ちょうどそのタイミングで、碧兄がもう一度何があったのかと尋ねてくる。
僕は父さんに貰った唐揚げを頬張り、食べ終えてから口を開いた。
仲良くしてくれている友達が、急に別人のように変わってしまったこと。
いつもは明るくて優しい彼が、あの時はひどく冷たく、怖い存在に思えた。
一時の感情が原因でああなったようには思えない。
何というか、常に胸の内に秘めているものが溢れてしまったように見えた。
ということは、彼はずっと自身の本心を偽っているということだろうか。
明るく優しい慎太郎くんとして、偽りの自分を演じている?
そんなことが、本当にあるのか。
始めて一緒に遊んだ日のことを思い出す。
ショッピングモールでの彼は、本当に楽しそうだった。
あの笑顔を、偽りのものだとは思いたくない。
「……それはもしかしたら、何か理由があるんじゃないかな」
「理由?」
学校では顔を隠していることだったり、慎太郎くんから告白されたことは明かせなかったけれども、まったく別人のようになってしまった彼のことを正直に話す。
そうすると、何かを考えていた碧兄がそう切り出した。
ついオウム返ししてしまうと、彼はコクリと頷き、持っていたコップをテーブルに置く。
「要するにその子は、自分自身を偽っているわけなんだろう?」
「ん。そう、なのかな…?」
「少なくとも、虎介はそう感じた。違う?」
「……違わない」
小さくそう答えると、今まで黙っていた父さんがグビッとビールを喉に流し込む。
「だったら、そいつのことをよく知ってる友人とかはいないのか?幼馴染とか」
「……あ」
そう言われて、すぐに生駒くんと志音くんの顔が浮かんだ。
そして生駒くんは何かを知っている。
あの時の発言は、今も気になったままだ。
志音くんも、持っている情報は同様かもしれない。
「ゴチャゴチャ考えてても分かりゃしないだろ。一回そいつらに聞いてみろ」
またビールを煽る父さんに、碧兄は「言い方…」と眉を寄せる。
いつもと変わらない光景に、僕は安堵を覚えた。
そして少し心に余裕ができる。
僕は口いっぱいに唐揚げを入れる。
ポカポカとした温かさを胸の内に感じながら、僕は思う存分、碧兄の料理を味わうのだった。
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