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偽り7
次の日は、まったく慎太郎くんと話すことができなかった。
いつもは朝挨拶をしてくれる彼も僕を避けている様子で、目も合わせてくれない。
お昼も久しぶりに一人で食べた。
彼と話しながら食べるお弁当は美味しいけれど、今日はあまり味がしない。
前まではこれが当たり前だったのにな…。
温もりを知ってしまった僕は、すっかり慎太郎くんに縋ってしまっていた。
掃除では名塚くんが心配して声をかけてくれた。
でも僕は何も言うことができない。
それを申し訳なく思う。
名塚くんは思いやりの心がある本当にいい人だ。
昨日の慎太郎くんの言葉を思い出すが、やっぱり名塚くんを警戒するような真似はできない。
疑い出したらきりがないことは、父さんが教えてくれた。
小学生の頃、僕は学校を休みがちになった時期があった。
周りの目が怖くて、家族以外を信じることができない。
無意識に怯えてしまう自分が嫌で、毎晩シクシクと布団の中で泣いていた。
そんなある日。僕の部屋に入ってきた父さんは、布団の中で蹲る僕に話してくれた。
『人ってのは複雑なんだ。だから完璧に人を理解することなんてできない』
その言葉に、そろりと顔を覗かせる。
父さんの横顔が、月明かりに淡く照らされていた。
よく人から「かっこいいお父さんだね」と言ってもらえる。
確かに父さんは凄く男らしくてかっこいい。
でもいつもはおちゃらけているイメージの方が強くて、今みたいな真面目な顔は珍しかった。
僕には父さんの言った意味がうまく理解できなくて、弱々しい声で尋ねる。
『じゃあ父さんは、なんで母さんと結婚できたの?』
小学生になる前に死んでしまった母の記憶は曖昧だった。
それでも、父さんが母さんに向ける感情がとても温かいものなのは知っている。
お墓参りの時も、思い出話を語る時も、父さんの目は優しかった。
さっき父さんは、人と人とは分かり合えないと言った。
じゃあ何故、そんなに母さんのことを大切に思っているのか。
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