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偽り8
幼い自分は漠然と感じた疑問を尋ねる。
そんな僕の頭を撫で、父さんはニッと笑った。
『コツがあんだよ』
『コツ?』
起き上がりベッドに座った僕を、父さんが抱き寄せる。
『理解できないことを理解すればいい』
理解できないことを理解。
難しい言葉に首をかしげる。
困惑する僕を膝に乗せ、父さんは僕の頭を撫でた。
碧兄はよく虎介にベタベタし過ぎだと父さんを怒るけど、僕はこうして頭を撫でられるたび安心する。
僕が父さんの胸に顔を埋める中、例えばそうだなぁ、と僕を抱きしめたまま父さんは体をゆらゆらと揺らした。
『カレーは父さんは辛口派で、母さんは甘口派。焼肉は父さんは一気にたくさん焼きたいけど、母さんは一枚一枚焼きたがる。タオルは父さん硬いのが好きで、母さんは柔らかいのが好き』
急に何をと、さらに頭にクエスチョンマークを浮かべる。
そんな僕の鼻を父さんはチョンチョンとつついた。
『そういう小さいことを一個ずつ共有し合っていって、理解できないならどうするかを考えていく。そうしたら、お互いに嫌な思いをしたりしないだろ?』
少し考え僕がコクコクと首を縦に振ると、父さんは優しく微笑んでくれた。
話を聞き逃さないよう集中する僕に、心地のいい声で父さんは話し続ける。
『思いやりは、時に自分を苦しめるものになる。誰だって心の中には1つのコップしかないんだ』
『コップ?心の中に、コップがあるの?』
『そうだぞ。で、その中に思いやりが入ってる。その量や形は人によって違うけど、必ず限界がある。コップが空っぽになったら、それは心が空っぽになるってこと。分かるか?』
またコクコクと頷く。
言われていることは難しくて、全部理解できたわけではないけど、それでも分かりたいと思った。
こうして高校生になった今、僕はあの時の父さんの言葉を完全に理解できたわけではない。
何か不都合があるなら自分が妥協すればいいと考えてしまうのだ。
でもそれはいずれ、自分の心のコップを空にしてしまいかねないのだろう。
いつか父さんが母さんに出会ったように、僕も自分を理解して欲しいと望める人が現れるのか。
そう思ってみても、全然想像ができない。
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