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偽り9

「あれ。虎ちゃんじゃん」 「…っ」 見れば生駒くんがニコニコと笑みを浮かべながら手を振っていた。 殆どの生徒が帰宅や部活動で校舎からいなくなっている今、廊下には他に誰の姿もなかい。 図書館に借りていた本を返した後、トボトボと廊下を歩いていた僕は足を止めた。 確か生駒くんは部活に入っていなかったはずだ。何故まだ学校にいるのだろう。 そんな僕の疑問が伝わったのか、彼は困り顔を浮かべて頭に手をやった。 「今日志音の家で飯食うから、一緒に帰る約束なんだよ」 「へぇ。やっぱり仲いいんだね」 「家が隣なだけだって。俺の親あんま家にいないし、志音の母さんが心配性だから」 弁解するように言葉を並べる彼に、僕は首をかしげる。 そんなに親しいことを誤魔化そうとしなくていいのに。 「あれ。じゃあ志音くんは?」 「あー、あいつ吹奏楽部なんだよ」 「え、そうなのっ?」 凄い。志音くん楽器を演奏できるんだ。 確かに演奏してる姿がよく似合う。きっとすごく綺麗な音を出せるんだろう。 「何の楽器を演奏するのっ?」 「んーと、クラリネットだっけな」 「へー!」 僕が声を弾ませてあれやこれやと想像をしていると、彼はいきなりマスク越しに鼻を摘んできた。 面食らう僕に顔を近づけ、ジト目で見つめられる。 「人生で初めて志音に妬いた」 「へ?」 何のことかと首をかしげる僕に溜息をついて、生駒くんは手を離した。 「まったく。シンもなかなかだけど、虎ちゃんも一筋縄ではいかない子だよね」 「…っ」 その言葉で生駒くんに聞きたいことがあったのだと思い出す。 慎太郎くんについて教えて欲しい。 幼馴染の彼は、僕が知らないことをたくさん知っているだろう。 「あの、生駒くん。ちょっと聞きたいことがあるんだ」 「え?」 身を乗り出してそう切り出すと、彼は目を瞬かせた。 慎太郎くんの知らないところで、彼についてコソコソ調べるのは間違っているのかもしれない。 それでも、知りたかった。 彼を理解したい。たとえ理解できなったとしても、理解できないことを理解したいのだ。 そうする為にはまず知る必要がある。 彼が何故、自分を偽るようなことをしているのかを。

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