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偽り10

「シンの親、かなりあいつに対してスパルタなんだよ」 彼は一度言い淀んでから、静かにそう告げた。 スパルタとは、躾が厳しいということだろうか。 しかも生駒くんの様子からして、かなり重度のものかもしれない。 強張った僕に気づいたのだろう。 生駒くんはその先を話すか視線で尋ねてきた。 それに僕は一度考えてから、コクリと頷く。 生駒くんはそれを確認すると目を伏せ、溜息をついた。 「こういうの。あんま本人に内緒で話すのはよくないと思うけど…。まぁ確かに、虎ちゃんには知っといて欲しいかもな」 「ごめん。生駒くんに嫌な思いさせて…」 「いいって別に。あんだけシンに付き纏われてるんだから、色々知りたくもなるだろ。あいつ謎だらけだし」 そう詰まらなさそうに吐き捨て、彼は間をおいてから再び話し始めた。 「……あいつの親、どっちとも弁護士やっててさ。かなりのエリートなんだよ。だから子供のシンにも、それを求めてんだ。小学生の頃とか偶に痣あるの見たし、多分躾けでやられたんだと思う」 「え。それって、虐待じゃないの…?」 震える声で尋ねれば、生駒くんは一度口をつぐみ、やがてポツリと呟いた。 「そうかもな」 「…っ」 「でもガキの俺らは何も分からなかった。今考えてみると、もしかしたらそうかもって思う。シンの両親が厳しいのは分かってたけど、大人は影で同情するだけ。子供もそんな大人を真似て影でヒソヒソ噂してた」 「そんな…」 絶句するしかなかった。 そんな、そんなことがあってもいいのか。 親から暴力を振るわれ、挙句に周りからは陰口を言われる。 僕も教師から受けたセクハラが問題で、小学生の頃は周りに影で色々言われていた。 あの時は、その場から逃げ出したくて堪らなかった。 それでも頑張れたのは、家族の支えがあったからだ。 でも、慎太郎くんの場合は…。 「高校のこともかなり怒られたって話。本当ならここよりずっと偏差値高いとこ行くはずだったろうからな」 「……行かなかったのは、どうして?」 「さぁ。あいつなりの反抗じゃね?小学生の後半から、あいつかなり荒れてたし。不良と喧嘩ばっかして、ヒデェのなんの。よく家を抜け出して、その度に連れ戻されてた」 あの温厚な慎太郎くんが、荒れていた? あまりの衝撃に言葉がなかった。 いつもの彼からは想像できないことだ。 明るくて、優しくて、まるで太陽みたいな人。 その姿は、すべて偽りだったのだろうか。 「……今の慎太郎くんは、別人ってこと?」 「うーん。まぁ、急にああなったわけじゃなくて、徐々にって感じだったけどな。ああいう爽やかな笑顔、初め向けられた時はマジで鳥肌立った」 僕にとっては当たり前だった彼の笑顔は、生駒くんからしたら異質なものだったのだろう。 僕があの日見た別人のような慎太郎くんは、生駒くんが言う荒々しさが垣間見えていた気がする。 冷たくて怖い彼の瞳を思い出して、体に力がこもった。 友達だと思っていながら、慎太郎くんのことを何も知らなかった。 向こうは僕の為に色んな話を聞いてくれたのに。 もしかしたら、あれらの優しさも全て偽りのものだったのだろうか。 疑い出したらきりがないのは分かっている。でも、そう思わずにはいられなかった。

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