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温もり2

「最近、どうだ」 学校から帰ってくると、父がいた。 珍しく家にいると思えば、開口一番にそう尋ねられる。 どうだというのは、もちろん調子はどうだ、なんて事を聞いているわけではない。 要するに、成績についてだろう。 相変わらずの様子に辟易しながらも、表面には笑顔を貼り付けておく。 始めの頃はこんな自分に虫酸が走ったが、今ではもう慣れてしまった。 偽りの仮面はすっかり自分に馴染んでしまっている。 「この前のテストも首位だったよ」 「あんな偏差値の高校でなら当然だ。まずあそこの教師だって信用ならない」 そう吐き捨てる姿は実に滑稽だった。 こういう人種は、常に下がいることを意識したいのだろう。 勝手に比べて見下して、いい気になりたがっているのだ。 笑いを通り越して呆れる。 「最近、随分と遊び呆けているそうだな」 突然父は、そう切り出した。 その言葉に、台所にいた家政婦に目を向ける。 彼女は今年からここに来ている家政婦の井上さんだ。 前の人は高校受験の件で俺に脅され報告を怠ったのでクビになり、代わりにこの人が入った。 44歳の人妻。子供は2人いるという。 いつもは温厚で優しい人だが、結局は両親の言いなりだ。 俺についての情報を話すように言われているのだろう。 気まずそうに俯く彼女から視線を逸らす。 まぁいい。今は井上さんよりもこっちだ。 「別に呆けてないよ。偶に友だちと遊びに行ったりするだけ」 「そんな暇がお前にあると思うのか」 成績も保てているのに、何が不満なのだろう。 しかしこれ以上反論することはやめておいた方がいい。色々と面倒なことになる。 井上さんもすっかり真っ青になっていた。 彼女の目の前でこんな話をするコイツの心情が分からない。 いつもはコントロールできる感情が揺れていた。 きっと虎介のことがあって、通常運転ではないのだ。 やけにイライラしている。 久しぶりに貼り付けている笑みに嫌気がさす。 「関係を断て。友だちごっこをする必要はない」 その言葉に、プツン、と何がが切れた。 抑えていた黒い感情が湧き上がってくる。 今、コイツは何と言った? 関係を断て? 何の権利があってそんなことをほざける? ──ふざけんじゃねぇよ。 一歩二歩と、その距離を縮める。 無言でソファーに座る相手を見下ろした。 俺の纏う空気が変わったことに気づいたのか、その顔が僅かに強張るのを無表情で眺める。 こんなやつの血が自分の中にあるというだけで、死ぬほどの不快感を覚えた。 幼い頃、力で屈服していたことにも激しく苛立つ。 こんなやつに。 こんなやつに俺は……。

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