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文化祭13

「碧兎!お前なに疾しいことしてんだ!」 「してないよ」 「してた!羨ましいことしてた!」 「羨むな変態」 「羨むわ!虎介は俺のだぞ!」 「人を物扱いしない」 頭上でやり取りがされる中、僕は呼吸が出来なくて父さんの腕を叩く。 それに気づき腕を緩めてくれたので、プハッとそこから顔を離した。そして呼吸を整えてから、「もう。苦しいよ」と父さんを見上げる。 目が合うと、何故か父さんが一瞬固まった。 どうしたのかと思えば、今度は顔を近づけられる。 「え、あの…」 「虎介、なんか色気付いた?」 「……はい?」 いきなりなんだと碧兄と一緒に訝しげな顔をする。 しかし父さんはそんなことを気にせず何かを考えていたかと思うと、ハッと閃いたかのように目を見開いた。 「まさか恋か!?恋なのか!?」 「はい!?」 いきなり何を言い出すのか。 両肩をガシリと掴まれた僕は、目を白黒させる。碧兄もオーブンからグラタンを取り出しながら溜息をついた。 自己解釈した父さんは「俺の虎介が遠ざかっていくー!」と一人嘆いている。いや、まずこちらの話を聞いて欲しいのだが…。 「父さん、あんまベタベタすると嫌われるよ」 笑顔でバッサリ言う碧兄に父さんがさらに傷つく中、僕は頭によぎったあの人の笑顔に黙り込んで俯いた。 自分の部屋のベッドに横になり、僕はギュッと枕を抱きしめた。 大好きなグラタンを食べた後も、未だに先ほどの恋がどうのの件を引きずっている。 そんないきなり色気付いたとか言われても分からない。 分からないけど、恋をしているのかと聞かれれば、少なからず自覚はあった。 正直、恋をしたことがないのでこれが本当にそうなのかは分からない。まだこのドキドキする感情は、憧れといった類のものではないのかと思いさえする。 「すき…」 ぽつり、呟いてみる。 その言葉はじんわりと熱を帯びて、胸の中で広がった。ぽわっと光が灯るような、包み込むような温かさに目を閉じる。 「すき……すき……すき……」 憧れじゃない。ショートケーキやグラタンのすきでもない。 愛しているの、好き……。 「……」 なんだか小っ恥ずかしくなって、枕に顔を埋める。 ほんと、調子が狂う…。父さんが変なこと言うからだ。 居た堪れなくなって、僕は悶えながら足をばたつかせた。

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