107 / 216
ロミオとジュリエット3
「じゃあまず、読み合わせをしていこうか。始まりは時間の関係上、二章のキャピュレット家の裏庭にあるバルコニーのシーンから」
演劇部の長谷川さんの指示に、僕と慎太郎くん、そして乳母役の新田さんは脚本を構えた。
まずは動きなしで台詞だけ読んでみる。中学の頃もこれは経験しているので、そこまで緊張はしない。
不思議なことに、役に入れば余計なことを考えずに済むのだ。自分という存在を忘れてその役に入り込んでいく。そうしていくと自然と冷静になれた。
このシーンはまず、ロミオの登場から始まる。
幕が上がって、ジュリエットの部屋のバルコニーの下にロミオがやって来るのだ。
隣の慎太郎くんがスッと息を吸う。
その瞬間、彼の空気が変わった気がした。
「《もう舞踏会場には戻れない。僕をごろつきみたいに罵って、あんな母親からどうしてジュリエットが生まれただろう。ああ、きっとこの館のどこかにジュリエットは居るはずだ。話が出来なくてもいい、せめてもう一度だけ姿が見たい》」
途端、一気に情景が浮かび上がってくる。
淡い月明かりに照らされた裏庭は、遠くで行われる舞踏とは打って変わって静まり返っていた。
夜の冷たい風が頬を撫でたような気さえする。
怒りと悲しみの入り混じる憂いを帯びた慎太郎くんの芝居に、僕は手を引かれるように物語の中へと入っていく。
ここで乳母とジュリエットの登場だ。
ロミオがバルコニー下の庭を彷徨う中、バルコニーの扉が開く。慌てて近くの茂みに隠れるロミオ。
やがてジュリエットが扉の近くに姿を現わした。後ろからは乳母の声が聞こえる。
「《お嬢様、お嬢様。舞踏会の途中で抜け出したりして、お母様に叱られますよ》」
乳母は作中ではかなり高齢の役となる。
初めは年齢を変更するかとなっていたが、長谷川さんと同じ演劇部である新田さんの芝居から、このままでも大丈夫だろうとなったのだ。
彼女の声を耳にして、僕は返事を返す。
ジュリエットという、キャプュレット家の一人娘として。
「《いいの、もうパリスさんとは顔を合わせたから大丈夫。私少し具合が悪いの。夜のとばりも町を覆い尽くして、夢の女王が空から舞い降りる時間。ここから先は大人達の時間。私はもう眠るわ》」
ともだちにシェアしよう!