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実る想い5
ロミオがバルコニー下の庭を彷徨っていると、バルコニーの扉が開く。
そこからジュリエットが姿を現わした。
その美しさに観客は息を呑む。
この本番までの期間、他クラスに虎介についての情報は明かさずにやってきていた。
そのためいきなり現れた美少女に、辺りがざわつきだす。
いつもの虎介なら、このような場面に落ち合えばひどく動揺していただろう。
しかし今は違った。
虎介は自身の意識を最小限に留めて、残り全てをジュリエットとしての感情につぎ込んでいた。
ロミオへと思いを馳せ、自分たちの立場の違いに嘆く1人の少女。
その姿はひどく儚げで、ひどく美しい。
「お嬢様。お嬢様。舞踏会の途中で抜け出したりして、お母様に叱られますよ」
袖から乳母の声が聞こえ、一瞬止まっていた時間が流れ始める。
声に反応したジュリエットは、少しふて腐れたように答えた。
「いいの、もうパリスさんとは顔を合わせたから大丈夫。私少し具合が悪いの。夜のとばりも町を覆い尽くして、夢の女王が空から舞い降りる時間。ここから先は大人達の時間。私はもう眠るわ」
少女ならではの可憐さは見る人の心をグッと掴んだ。
外見の美しさだけでなく、その演技自体にも周りは引き込まれていく。
「分かりましたわ。お休みなさいお嬢様。素敵な舞踏会の夜にふさわしいお祈りをしてから、ベットに入って下さいましね」
「ええ、お休み婆や」
乳母が出て行ったドアの締まる音がして、ジュリエットはバルコニーに出てくる。
そしておもむろに儚く美しい月を見上げた。くすりと笑い、不意に月に向かってジュリエットは話しかける。
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