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喧嘩9

そのボールは小さく跳ねながら転がっていき、やがて誰かの足に当たった。 足元のボールを拾い上げた相手に、立ち止まった虎介は瞠目する。 「慎太郎、くん……」 呆然と彼の名前を呟くと、慎太郎くんは困ったように小さく笑った。 「なんで、ここ……」 「ごめん!俺が連絡した!」 「え」 振り返れば両手を合わして頭を深々と下げる名塚くんがいて、僕はぽかんと立ち尽くしてしまう。 「なんかよく分からなかったけど、喧嘩したままなのは、良くないと思って……」 申し訳なさそうにこちらを見上げる名塚くん。まるで悪いことをしたワンコのようで、なんだか怒る気が削がれてしまった。 「あ、あの、虎介」 彼にしては珍しく、戸惑ったように声をかけられる。 おずおずと僕が顔を向けると、慎太郎くんは俯き首の後ろに手を回した。 いつもは堂々としているのに、今は「あの……その……」と言い淀んでいる。その姿はとても無防備でぎこちなくて、まるで小さい子供のようだ。 一瞬呆けてしまった僕は、慌てて気を取り直す。 僕は今怒っているんだ。いつもみたいに流されてはダメだ。 むぅ、と口を尖らせ、僕は気持ちぶっきら棒な声を出した。 「……なに」 「っ、あの。謝り、たくて……」 ピリピリとした雰囲気に、名塚とコートにいた小学生たちは固唾を飲んで2人を見守る。 少しの間の静寂。 その間視線をうろうろとさせていた慎太郎は、次には意を決したように口を開いた。 「か、勝手に決めつけて、酷いこと言いました……。……ごめんなさい」 そう言って頭を下げる慎太郎。 その場に再び静寂が訪れる。 しかしそれは、突然プッと小さく噴き出した音で遮られた。

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