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幸運なもの16

勢いよく中に入ってきた人物は、目の前の光景に一瞬動きを止める。 馴染みの部屋のベッドで、己の恋人が友人に覆い被さられ、服を脱がされかけていた。 その途端一気に膨れ上がる怒気に、目の前が赤く染まったように錯覚する。 それだけで人を殺せそうな視線を、慎太郎はギッと朔弥に向けた。 「……朔弥。テメェ、どういうつもりだ」 慎太郎のものとは思えないほど低く冷え切った声。 対する相手は動揺する様子もなく、楽しそうな笑みを浮かべて上体を起こす。 「何が?俺はただ、かわいこちゃんと遊んでただけだぜ?」 「朔弥ッ!!」 「おーおー、お前そんな声荒げたりすんのな。スゲェ貴重」 愉快そうに慎太郎を見る朔弥は、未だ仰向けで固まっている虎介の頬に手を添える。 「なに?そんなにこの子がいいの?」 「触るな離れろッ」 「いやだね」 そう言って頭を下げた朔弥は、虎介の首筋に唇を押し当てた。 「っ、ぃ、や……っ」 まだ薬の影響で意識が朦朧とする虎介。 その弱々しい抵抗の声と、チュっという軽い音が、いやに室内の中で響いた。 「──ッッ!!」 限界まで瞠目する慎太郎。 目の前の光景に、一気にどす黒い感情が溢れ出す。 「…──ブッ殺す」 「ははっ。いいぜ、こいよ!」 完全にキレた慎太郎。 それにテンションを上げた朔弥が、ベッドから降り対面する。 一度、このスカした後輩の本性が見てみたかった。 そして叶うなら、そんな相手と勝負をと思っていたのだ。 殺意丸出しの慎太郎と、乗り気な朔弥。 今にも殴り合いが始まりそうな一触即発の状況。 2人は互いにのみ意識を集中させ、次には足を踏み出し──…… 「やめんか」 「「!?」」 ゴンッ、と。 次の瞬間には、2人同時に盛大なゲンコツを食らっていた。  

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