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「避けてないよ」
「怒ってるの? 俺が、懲りずにウリ続けてると
思ってるの?やってないよ?アレは本当に
先輩がふざけただけで……」
「おい、避けてないって言ってるだろ?
落ち着けよ。声もでかいし…」
俺が櫂の話しを信じてないと思ってるのか…
まぁ当然か…。同級生とちょっと、じゃれあった
だけで、そんな些細な事が許せず俺が怒ってる
なんて普通は思わない。
俺は櫂を体から引き剥がして、距離をとった。
「今日…先生の家に行きたい…」
「……なんだよ、やりたいの?」
否定すると思って、からかうように言ったのに
櫂はコクりとうなずく。
俺はため息をついて手で額を覆った。
「櫂…あのな…俺は別にお前がウリしてるなんて
思ってないよ」
「じゃぁ …」
「もう飽きたんだ」
「………え、?」
「もう十分楽しんだろ?
お互い、苦い思いをする前にやめておこう」
櫂が呆然とした顔のまま固まった。
「さぁ…帰ろう…」
俺が櫂の肩を軽く叩いて促すと、櫂はその手から
逃れるように一歩離れてうつむいた。
「……あ、そっ…」
それだけ言って、そのまま立ち尽くしている。
「……櫂…」
「うるさいっ」
飼い猫に引っ掛かれたような気分だった。
思わず、ゴメンと言いたくなってしまう。
嘘だよ、冗談だよ、と笑ってごまかしたい。
「分かった…もういい」
そう言うと櫂はトイレから飛び出して行った。
俺が引き止める間すらなく
小鹿が天敵から逃げるようにピョンピョンと。
自分が恨まれて嫌われて終わるなら簡単だと
思った。
でも失敗したかもしれない。
イタズラに櫂を傷つけてしまったかもしれない。
俺を軽蔑することはあっても、櫂がショックを
受けるなんて思わなかった。
面倒な関係を相手から清算してくれるなら
こんな楽なことはない。そう思うだろうと。
「涙?」
顔を背けて走り出すとき。
ほんの一瞬泣いているように見えた。
伏せた目蓋から、ポタリと涙が零れたような…。
今度は俺が呆然と立ち尽くす番だった。
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