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20. 僕から逃げて ※

「……は!?」 ひたすらコップや皿をジャブジャブ洗いながら ルミが振り返る。 俺はお通しの準備をしながらため息をついた。 「結婚して、子供作って 普通の親父になるんだって 俺も幸せになれって」 「なんだそれ!バカ蒼佑!」 ルミの声がどんどんでかくなる。 「…もういいよ。 蒼佑の言ってる事は正解だと思うし 俺も一応気持ちの整理はついたし…」 ルミは俺以上にしゅんとした顔で俺を見つめた。 「……ホント?」 「うん、ちょっと、もう疲れたし…」 「櫂」 ルミが泡だらけの手のまま腕を広げて 厨房で俺を抱きしめた。 「おい!イチャイチャしないで 手を動かせ!」 どこかから、それを嗜める声が飛んできて ルミがうんざりした顔で舌を出して 皿洗いに戻る。 「いろいろありがとね、ルミ」 「ん!元気出せ」 蒼佑と会えなくなっても朝は来る。 レポートもやらなきゃいけないし バイトだってある。 無心にそれらをこなしていれば1日は終る。 高校生の時よりマシだと思った。 後悔ばかりで、突然来てしまった別れよりも…。 ー 本当にそうかな…。 あの頃の俺は、蒼佑に二度と会えないなんて 思ってなかった気がする。 突然消えてしまった事に、パニックにはなった。 でも、心のどこかで、いつかまた会えると 勝手に思い込んでたような…。 けれど今回は違う。ハッキリと別れを 告げられてしまった。 しかも結婚だとか、親孝行だとか 絶対に勝てないパワーワードを使われて。 心にぽっかり穴が開いて、、なんて よく聞く言葉だけど、ピッタリ過ぎる表現だと 思った。 今の俺は何もない。 悲しいも、淋しいも… 怒りも。 ただ大きな穴が胸に空いて ブラックホールみたいに全部を 飲み込んでいく。 楽しいも、嬉しいも………。 ぜんぶ……。

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