108 / 150
20. 僕から逃げて ※
「……は!?」
ひたすらコップや皿をジャブジャブ洗いながら
ルミが振り返る。
俺はお通しの準備をしながらため息をついた。
「結婚して、子供作って
普通の親父になるんだって
俺も幸せになれって」
「なんだそれ!バカ蒼佑!」
ルミの声がどんどんでかくなる。
「…もういいよ。
蒼佑の言ってる事は正解だと思うし
俺も一応気持ちの整理はついたし…」
ルミは俺以上にしゅんとした顔で俺を見つめた。
「……ホント?」
「うん、ちょっと、もう疲れたし…」
「櫂」
ルミが泡だらけの手のまま腕を広げて
厨房で俺を抱きしめた。
「おい!イチャイチャしないで
手を動かせ!」
どこかから、それを嗜める声が飛んできて
ルミがうんざりした顔で舌を出して
皿洗いに戻る。
「いろいろありがとね、ルミ」
「ん!元気出せ」
蒼佑と会えなくなっても朝は来る。
レポートもやらなきゃいけないし
バイトだってある。
無心にそれらをこなしていれば1日は終る。
高校生の時よりマシだと思った。
後悔ばかりで、突然来てしまった別れよりも…。
ー 本当にそうかな…。
あの頃の俺は、蒼佑に二度と会えないなんて
思ってなかった気がする。
突然消えてしまった事に、パニックにはなった。
でも、心のどこかで、いつかまた会えると
勝手に思い込んでたような…。
けれど今回は違う。ハッキリと別れを
告げられてしまった。
しかも結婚だとか、親孝行だとか
絶対に勝てないパワーワードを使われて。
心にぽっかり穴が開いて、、なんて
よく聞く言葉だけど、ピッタリ過ぎる表現だと
思った。
今の俺は何もない。
悲しいも、淋しいも… 怒りも。
ただ大きな穴が胸に空いて
ブラックホールみたいに全部を
飲み込んでいく。
楽しいも、嬉しいも………。
ぜんぶ……。
ともだちにシェアしよう!