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抱く感情3

「すみませんっ、待ちましたかっ?」 「いや、俺もついさっき来た。というかまだ指定の3分前だ」 いつもの大きな鞄を揺らし、雪永はトテトテと小走りでやって来た。 この流れ、前にもあったな。 確かドラマの顔合わせの時だ。 何故時間には間に合っているのに、毎回余裕がなさそうなのだろう。 それを聞く前に、彼が困ったような笑みを浮かべる。 「おれ、方向音痴なんです。それで毎回道に迷うから、いつも慌てちゃって…。顔合わせの日も、スタジオまではマネージャーさんに送迎してもらったんですけど…、着いてからマネージャーさん、その、急用ができてすぐに帰ってしまって…。それで、建物の中で迷子に…」 そう言って1人わたわたと話し続ける雪永を見つめていた。 普段なら長話する相手に苛立ちを覚えるのだが、何故だか今は至って穏やかだ。 寧ろもっと眺めていたい。 彼の素の時の言動はテンポが独特だが、不快さは感じなかった。 ……ところで、だ。 「君、変装という概念はないのか?」 「え?」 きょとんとする雪永に溜息が出そうになる。 周りに関心のない幸でさえ、バレると厄介だからサングラスをかけ軽い変装をしている。 それなのに雪永は何も隠そうとしていない。 すっかり彼も有名人なわけだし、その愛らしい容貌は人の目を引くだろう。 「今まで声をかけられたりしなかったのか?」 「声ですか?んー。あまり1人で出歩いたりしないし…、今日みたいに飲みにとかも全然ないから…、そんなにですかね?」 どこか親近感のわく答えに握手をしたくなる。 1人で出歩くことはなくはないが、自分も滅多に誰かと飲みに行くことはなかった。 主に面倒くさいからなのだが、彼の場合は何故なのだろう。 尋ねれば雪永はほわっと笑みを浮かべて、なんでもないように答えた。 「おれ、基本引きこもりですから」

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