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抱く感情4

とにかく何も変装しないままなのはどうかと思い、偶々被っていたハットを深めに被せてやった。 そのまま居酒屋に向かう。 彼と居酒屋というのはどこか違和感というか罪悪感を感じたが、ちゃんと成人しているのだからと思い直す。 店員からは少し怪訝そうな顔をされながら普通にハイボールを注文している雪永を見て、そういえば年は幾つなのかと聞けば23歳なのだそうだ。 いっても21くらいかと思っていたが、恐るべき童顔だな。   「この前のアクションの身のこなし、なかなかだったな。何か経験でもあるのか?」 「あ。おれ、空手習ってたんです。小さい頃、女顔だってよくいじめられてて。だから、強くなりたくてやってました」 両手でぎゅっと握る拳を作って、彼はほわほわと笑みを浮かべる。 そんな雪永に、自然と心が和んだ。 やはりその目で見つめられることがひどく心地いい。 こんな感覚は初めてだ。 「君は、なんで俳優になろうと思ったんだ?最近名前を聞き始めたけど、以前にも俳優業を?」 「あ、いえ。去年からです」 去年からデビューしてもうここまでの知名度とは、恐るべしだな。事務所も大喜びだ。 「きっかけとかは、あったのか?」 俺の質問に彼がそっと目を伏せたので動きを止める。 その表情は、微笑んでいるがどこか寂しさが滲んでいて 俺はジッと彼を見つめた。 「…自分が、嫌いなんです。だから、自分じゃない何かになることに、執着心に近いものを持つようになりました。 自分自身の存在意義とか、そういうのはどうだっていいんです。 いっそ別の何かに埋め尽くされて、雪永千里という人間を消し去ってしまいたい」 静かにそう語る雪永。 そんな彼に、俺はただただ言葉を失った。 まさか彼の口からそんな話が出てくるなんて…。 一体この子は、その小さい体に何を抱え込んでいるのだろう。 ますます彼の奥底が見えなくなった。

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