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抱く感情8

シャワーを借りてリビングに戻れば、 ソファーで雪永がすぅすぅと寝息を立てていた。 それに一瞬動きが止まったが、すぐ我に返って音を立てないように歩み寄る。 本当によく眠る子だな。 現場でもよくうとうとしているし、まるで赤ん坊みたいだ。 幼い寝顔に口元を緩める。 自分の部屋なのにきゅっと身を小さくし、子猫のように眠る姿は心が和んだ。 なんだか無性に柔らかそうな頬を触りたくなる。 大福のようなプニプニ肌だ。 すこし突くくらいなら… そうして手を伸ばしかけた時 雪永が僅かに身動ぎをした。 それに固まる俺の目の前で、その瞼が震え、ゆっくりと開かれる。 そこから除いたガラス玉のような透き通った瞳。 まだ焦点のあっていない潤んだ瞳が、俺を見る。 そしてぽつりと、彼は呟いた。 「はる、と、さん…?」 「え?」 聞き覚えのない名前にぽかんとする。 まだ寝ぼけているようだから、誰かと間違えたのだろうか。 「…んん。…あ、すみません…、つい、ねむくなってしまって…」 「…疲れてるんだろ。俺が言うのもおかしいが、早く休んだ方がいい」 「はい…。あ、じゃあ、お風呂いってきます…」 「溺れるなよ」 「はーい…」 どうやら誰かの名前を呟いたことは無自覚のようだ。 はると。 そう彼は言った。 その人物は一体誰なのだろうか……。 静まり返った室内で、外からの激しい嵐の音だけが聞こえていた。

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