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災い4

「はぁ。ついつい食べ過ぎちゃいました」 そう言ってにこにこと笑う千里に、こちらも自然に口元が緩んだ。 夜の町を2人でフラフラと歩く。 今回は飲み過ぎないよう注意したから、迷惑をかけることはない。 千里は小籠包が気に入ったらしく、店では口をはふはふさせながら何個も食べていた。 喜んでくれて安心する。 あれ以来どこか気まずい感じがしていたから、変わらず彼が接してくれて嬉しかった。 しかしこの前のことには触れたくないように見える。 もう話題に出すべきではないのかもしれない。 けれど、あの言葉の意味がずっと引っかかっている。 「……千里」 「ん?なんですか?」 直接尋ねてみるべきだろうか。 一度言い淀んでから、俺は意を決して口を開いた。 その時。 「千里か?」 聞き慣れない声がした。 途端、弾かれたように千里は声のした方に顔を向け、あらん限り目を見開く。 「なん、で……」 掠れた声で、そう呟く千里。 暗闇でよく見えないが、その顔が真っ青になっているのが分かった。 相手は長身で歳は俺と同じくらいだろうか。 その整った顔立ちは優男のように見えるが、どこか冷めた印象も受ける。 それはきっと目だ。 鋭い目線が、目を合わせた千里から離れようとしない。 「まさかこんな所で会うなんてな。よくテレビで見るぞ。頑張ってるみたいじゃないか」 そう言いながら歩み寄ってくる男に、千里は何も応えない。 明らかに様子がおかしい。 ふと見た手も、小さく震えていた。 「ちょうどいい。今から一緒に来い」 「っ…、お断り、します…」 「なんだ、つれないな。安心しろよ」 そこまで言い、目の前までやって来た相手は千里の腕を取った。 グイッと引き寄せて耳元で囁く。 「優しくしてやるから」 その言葉が耳に入った時、無意識に体が動いていた。 男の腕を掴み、千里から引き剥がす。 千里の前に立ち塞がると、相手はやっと俺の存在に気付いたようで、面白くなさそうに眉を寄せた。

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