45 / 108
災い5
「なんだよあんた。…って、まさか片岡幸か?」
「…だったらなんだ」
「これは驚いた。あの片岡幸が千里となんてね」
そう意味深に言って、男は俺の後ろにいる千里に声をかける。
「他の男にも擦り寄ってるのか?千里。大した淫乱だな」
「…っ」
千里の体が強張るのが分かった。
今のがどういう意味なのかは分からないが、無性に腹が立つ。
これ以上、千里とこの男を近づけたくなかった。
「いい加減にしろよ。消えろ、今すぐ」
「そんな言い方ないんじゃないのか?人気俳優さん」
「そんなことはどうでもいい。俺はあんたにここから立ち去れと言っている」
「なに?千里に色目でも使われて手懐けられた?」
「ッ、あんたな…ッ」
「ま、待ってください…!」
プチンと何かが切れて相手の胸ぐらを掴もうとしたその時、
後ろから飛び出して来た千里が男の腕に両手を回す。
その光景に瞠目していると、千里は宥めるように男へと声をかけた。
「あの…、また、連絡してください…。だからすみません…。今日は、もう…」
「連絡先は、変わってないんだな?」
「っ、はい…」
千里の頬に、男の指が這わせられる。
腰にも手が回され、いやらしい手つきで撫でられた。
それに耐え切れず千里を男から引き剥がすと、一度目が合った相手は不敵に笑い、背を向ける。
遠ざかっていく背中を、ギュッと千里の腕を掴んだまま、俺は睨みつけていた。
「なんなんだ、あいつ」
苛立ちを隠さずそう吐き捨てると、すっかり弱りきった千里が頭を下げてくる。
「すみません…。変なことに、巻き込んでしまって…」
顔を上げない千里。
その掴んだままの腕をまた引いて、俺は歩き出す。
後ろから動揺する声が聞こえたが、俺は構わず早足で夜の街を歩いていった。
ともだちにシェアしよう!