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愛しい人8
空手の習い事から帰ってくると、母さんが台所で料理をしていた。
コートを脱ぎながら「ただいま」を言えば、振り返った母さんが「おかえり」と微笑む。
「今日早かったんだね」
コホコホ
母さんが咳をする。
「うん。だからスーパーで買い物してきちゃった」
「買い物ならおれ行くのに」
「いつも行ってくれてるじゃない。最近なんか料理までやってくれるし」
帰って来た時に部屋が暖かいと心が落ち着いた。
でも悠斗さん、一人暮らしになったらそういうことなくなるんだ。
だったら時間がある時、悠斗さん家に行ってお出迎えしちゃおうかな。
コホコホ
母さんが咳をして、次には声をかけられた。
「空手、どうだった?試合もうすぐだよね」
「絶好調だよ。先生にも褒められたっ」
「そう。怪我には気をつけて」
「わかった。おれ手洗ってくる」
洗面所に向かい、手を洗う。
今年から悠斗さんは空手をやめてしまって道場では会えなくなってしまったけど、時間がある時は施設に会いに行く日々だ。
その時にはついつい抱きついて甘えてしまうおれに、悠斗さんは優しくキスしてくれる。
悠斗さんといると心がふわふわして、気持ちいい。
もうすぐクリスマスだけど、プレゼントどうしようかな。
そんなことを考え幸せを感じていた。
その時。
リビングの方から大きな音が聞こえた。
「っ、母さん…っ?」
どうしたのかと急いで戻り、目を見開く。
母さんが、台所で倒れていた。
「母さん!!」
咄嗟に駆け寄る。
母さんは意識を失っていた。
「母さんっ…どうしたのさ!?母さん…!!」
反応がない。
途端心臓の音が激しくなる。
息が荒くなり、体が震え始めた。
パニックになりかける頭で、なんとか救急車を呼ばなければと思い当たる。
「け、携帯…!!」
慌てて鞄から携帯を取り出そうと立ち上がる。
急げ…っ。急げ…!
ぐつぐつと、作りかけのシチューの音が、どこか遠くで聞こえていた。
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