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愛しい人10

叫んだ後、ハッと我に返ったおれは息を呑んだ。 心にもないことを言ってしまった。 別にこんなことが言いたいわけじゃない。 おれのためにわざわざ来てくれて励ましてくれている悠斗さんに、なんてこと…。 「ごめ…、ごめんなさい…っ」 「…千里?」 ダメだ。 このまま悠斗さんといれば、自分は彼を傷つけてしまう。 「…っ」 「っ、おい千里!」 咄嗟に家から飛び出した。 彼から離れるために、夢中で走り続ける。 頭の中がゴチャゴチャで、何も考えられなかった。 だから気付かなかった。 曲がり角から、車が走って来ていたことに。 「危ない!!」 「ぇ」 瞬間 大きな衝撃音が響き渡った。 おれはその直前、誰かに突き飛ばされていて 地面に身を打ち転がったが、すぐに顔を上げる。 目に映ったのは、赤い、血。 そして、力なく倒れている、彼の姿。 「はる、と、さん…?」 周りの音が、どんどんと遠くなっていく。 まるで、この世界にひとりぼっち。 「ぁ、あぁ…、あぁぁぁ…っ」 まって、いやだよ…。 行かないで…。 おれを、おいて行かないで…っ。 手伸ばした手に、 いつも触れてくれた暖かい手は、 もう、届きはしなかった。

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