72 / 108
残滓
話を聞き終え、幸は呆然としていた。
信じがたい千里の過去に、何も言葉が出てこない。
しばらく沈黙が続いた。
シンと静まり返る室内。
次には千里は俯き、自嘲気味に笑う。
「ほんと、呆れちゃいますよね。…おれは、どうしようもない、最低の人間なんです」
「……」
「須藤さんとは、3年くらい、関係が続きました…。でも、高校を卒業してからはパッタリなくなって。…福島には仕事の都合で来てたみたいだから、東京に帰っていたんですね」
話してしまった。
話すつもりなんて、なかったのに。
これはおれの罰だから、誰も巻き込みたくなかったのに。
「…ちゃんと話をだなんて言いましたけど、あの、嫌だったら……全然これっきりでも大丈夫です。
あぁ、でも嵐だから帰れませんよね。おれなんかといるの嫌だと思いますけど…、えっと…」
こんな自分が惨めになってきて、ソファーから立ち上がろうとする。
しかし幸さんに腕を掴まれ引き止められた。
それに驚く暇もなく引き寄せられる。
「え?」
気付いた時には、彼の腕の中にいた。
おれを抱きしめたまま何も言わない幸さんに、どうしていいのか分からずあたふたする。
「あ、あ、あの…っ。なんで抱きしめて…っ」
「ありがとう」
「……え?」
「そんな辛い過去を、話してくれて、ありがとう」
「…っ」
瞠目するおれを、幸さんはさらにギュッと抱きしめる。
「話すのに、相当な勇気が必要だっただろ。思い出すのも苦しかったはずだ」
「っ、…いや、おれは…、べつに…」
「話してくれて嬉しい。ありがとう」
途端、一気に泣き出したい衝動に駆られた。
けれどもそれをグッと堪える。
甘えたらダメだ。
この苦しみはおれの罰なんだから、誰にも縋ってはいけない。
けれど、どうしようもない安堵に、体の力が抜ける。
口を開くと嗚咽が漏れそうで、必死で込み上げてくるものを抑え込むおれに、幸さんは
「話し合いはちゃんとする。けど、今日はもう、やめておこう」と背中をさすってくれた。
ともだちにシェアしよう!