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残滓

話を聞き終え、幸は呆然としていた。 信じがたい千里の過去に、何も言葉が出てこない。 しばらく沈黙が続いた。 シンと静まり返る室内。 次には千里は俯き、自嘲気味に笑う。 「ほんと、呆れちゃいますよね。…おれは、どうしようもない、最低の人間なんです」 「……」 「須藤さんとは、3年くらい、関係が続きました…。でも、高校を卒業してからはパッタリなくなって。…福島には仕事の都合で来てたみたいだから、東京に帰っていたんですね」 話してしまった。 話すつもりなんて、なかったのに。 これはおれの罰だから、誰も巻き込みたくなかったのに。 「…ちゃんと話をだなんて言いましたけど、あの、嫌だったら……全然これっきりでも大丈夫です。 あぁ、でも嵐だから帰れませんよね。おれなんかといるの嫌だと思いますけど…、えっと…」 こんな自分が惨めになってきて、ソファーから立ち上がろうとする。 しかし幸さんに腕を掴まれ引き止められた。 それに驚く暇もなく引き寄せられる。 「え?」 気付いた時には、彼の腕の中にいた。 おれを抱きしめたまま何も言わない幸さんに、どうしていいのか分からずあたふたする。 「あ、あ、あの…っ。なんで抱きしめて…っ」 「ありがとう」 「……え?」 「そんな辛い過去を、話してくれて、ありがとう」 「…っ」 瞠目するおれを、幸さんはさらにギュッと抱きしめる。 「話すのに、相当な勇気が必要だっただろ。思い出すのも苦しかったはずだ」 「っ、…いや、おれは…、べつに…」 「話してくれて嬉しい。ありがとう」 途端、一気に泣き出したい衝動に駆られた。 けれどもそれをグッと堪える。 甘えたらダメだ。 この苦しみはおれの罰なんだから、誰にも縋ってはいけない。 けれど、どうしようもない安堵に、体の力が抜ける。 口を開くと嗚咽が漏れそうで、必死で込み上げてくるものを抑え込むおれに、幸さんは 「話し合いはちゃんとする。けど、今日はもう、やめておこう」と背中をさすってくれた。

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