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踏み出す12
「…千里、いいか?」
「……はい。大丈夫です」
顔を上げて微笑めば、やがて唇を塞がれる。
そして一度離れベッドを降りた幸さんは、引き出しから薄い缶を持ってきた。
「悪い。ローションが家にないから…」
「あ、は、はぃ…。大丈夫です…」
なんかやたらと恥ずかしさを感じる。
須藤さんとこういうことする時は、こんな会話はしなかったから。
なんというか、少し、このぎこちなさが懐かしい。
缶の蓋を開け、クリームを指ですくうと、そっと後ろをなぞられた。
その周りをこれ以上ないくらい優しく触れられて、堪らない気持ちになる。
ギュッと幸さんに抱きつけば、おでこにキスをされた。
あの頃のような優しい触れ合いに涙が出そうだ。
悠斗さんも、優しく触れてくれた。
おれのこと1番に思いやってくれて。
少しでも痛がると心底心配してくれて…。
「千里」
「…っ」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
目の前には、幸さんの姿があった。
そう。
今おれの目の前にいるのは、幸さんだ。
おれの、新しい好きな人だ。
「ゆ、きさん…っ、ゆきさん…っ」
またポロポロ涙を流して子供みたいに名前を呼べば、彼は微笑んで唇にキスをくれる。
苦しいくらいに胸がいっぱいになった。
ずっとこうしていたい。
もう感情がいろいろ追いつかなくて、悲しいのか嬉しいのかも分からない。
だからおれはただただ幸さんの名前を呼んだ。
その度に彼はおれにキスをくれる。
何度も何度も、優しい口付けを。
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