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始まり2
「おー、悪りぃな幸。マジ助かるわ」
「…あぁ」
「ほーら雪永くーん。幸が迎えにきてくれたぞー」
「うぅ〜…っ」
座布団を抱きしめて泣きべそをかいている千里に間瀬が声をかける。
電話で千里が酔って、幸さんに会いたいと駄々をこねていると聞き、急遽幸は樹に教えられた居酒屋へやって来ていた。
俺を求めてくれたのは嬉しいが、他人の前で無防備に酔っ払うのは感心しない。
俺の前ではこんなに酔ったことないのに。
なんだか複雑な気持ちだ。
「ゆきさ〜んっ」
「お」
俺の存在に気付いた千里が、泣きべそをかきながら抱きついてくる。
それに間瀬以外にもいたメンバーから「よっ、ゆきゆきコンビ!」と揶揄いの声が飛んだ。
知らなかった。
千里は酔うと泣き上戸と甘え上戸になるのか。
「大丈夫か?ほら、帰るぞ」
「うぅ…。おれ…、おれ、ゆきさん、どっかさ行っちまったぁって…」
「え?」
「帰ろぉゆきさん。もう腹くっちぃよぉ…」
「……」
なんだ、これは…
まさか、方言…?
初めて聞いた千里の訛りに、俺を含めたその場の全員が胸をときめかせる。
「これが世に聞く方言萌え…!」
「千里たんまじ天使だ…!」
盛り上がり出す周りに構わず、俺にぎゅうぎゅう抱きついてくる千里。
いろいろと限界に達した俺は、ひょいっとその体を抱き上げて店を出た。
後ろから引き止めたり、揶揄ったり、ブーイングしたりする声がしたが、無視してそのまま松尾の待つ車へと向かう。
相変わらず軽くて小さな千里は小動物のようで、つい口元が緩んでしまう。
そのまま車内に入ると、微笑んだ俺の顔を見た松尾が心底驚いた顔をして「誰かと思いました…」と呟いた。
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