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二、さざ波の声⑤

昭和16年12月8日 大日本帝国、ハワイ真珠湾を攻撃 日本はアメリカに宣戦布告し、大東亜戦争が勃発する。 だが日本が優勢に戦いを進めたのは束の間勝だった。 昭和17年6月 ミッドウェー海戦大敗 戦局は一変する。 サイパン島陥落、マリアナ沖海戦敗退、日本は制海権・航空権を失う。 レイテ戦、日本軍壊滅。 絶対防衛圏は次々に陥落し、硫黄島も玉砕した。 アメリカ、沖縄に上陸し制圧。 日本は本土決戦に追い込まれる。 無謀で無意味な戦争は、いつまで続くのだろう。 この戦争を始めた人間は、何も考えていない。 終わり方を考えずに無責任に始めたんだ。振り上げた拳の下ろし方を、この国は知らない。 政府は無能だ。 しかし、俺達はこの馬鹿げた戦争をやめる事はできない。 思考停止状態となったこの国に、大義はないのに。 俺達は戦争をやめられない。 俺達に戦争をやめる自由はない。 (戦争をやめられないけれど……) 戦争から解放される手段があるとすれば…… それこそが『死』なのだろう。 戦争をやめるために、人は人を殺すんだ。 国家という組織から逃れられない俺達は、人を殺し続けるしかない。 殺して生き続けるしかない。 そうやって、体裁だけを整えて長らえる国家を『国』と呼べるのだろうか。 (どうでもいいさ) 俺達も、このくだらない国家に生かされているに過ぎない。 生きている限り、国家の一部だ。 日本は、遂に国家の一部である国民を兵器にする決断を下した。 神風特攻隊 燃料は片道分だけ。 敵艦隊空母めがけ、機体ごと突撃する。 生身の体を、零戦の一部にして。 爆弾にする。 本土決戦を回避するため。 (違うな) 本土決戦に備え、時間稼ぎをするために。 この命で、日本国民絶滅を少しでも先延ばしにするために、命の砂時計を刻むんだ。 誰も勝てるなんて、思ってやしない。 お国のために命を捧げ、無能な政府のために我が身を盾にし、同志は靖国に還り英霊になった。 死んで誰を守れるだろうか。 けれど死ななければ、誰も守れない。 (俺は生きている) 誰も守れなかったんだな…… 俺はひとり、取り残されてしまった。 「それでも君が目覚めて良かったと思っているよ」 「あんたになにが分かるんだァッ!」 生きてしまった俺の心を無惨に踏みにじる。 あなたの声で。 あなたの顔で。 あなたは、まるで泣いているような…… 憐憫の眼差しを落とした。 あなたに似ているから、痛い。 苦しい。 (あなたに憐れまれるのは) 心臓を押し潰される。息が詰まる。 このままいっそ、呼吸が止まればいいのに。 「生きるしかないだろう」 その人の瞳に宿る火は、空のように燃えていた。 「君は、生きているのだから」 夕闇の空で、太陽の最後の灯火が燃えている。 「現実は変えられない」 どうして……… 抱きしめる腕の中で、俺は震えている。 俺を強く包む温もりに、為す術もなく震えていた。

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