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三、きっともう戻らない①

「なぁ、これで合ってる?」 「あぁ、大丈夫だ。じゃあ次はここへ来て。……これと、これと、あと」 「これだな!」 「あっ、そんなに入れてはっ」 「えっ」 ダバダバダバダバー 「激辛になってしまう。……って、もう遅いね」 「ごめん、ゼスカ」 しゅん、と。肩を落とした俺を、わしゃわしゃわしゃー 「ギャ」 「構わないさ!夕飯は激辛料理だ」 「構うー」 「どうして?君が入れた調味料だよ」 「そうじゃなくてっ。頭!」 わしゃわしゃわしゃー ゼスカ、撫ですぎ! 「ん?」 わしゃ…… 「すまない、すまない」 わしゃわしゃわしゃー!! 「俺は犬かー!!」 全然、ゼスカ悪いと思ってない。 ぺちんッ 調子に乗り過ぎの頭の上の手を、容赦なく払う。 「犬だったら、もっと俺になついてくれてもいいと思うけど」 「だから犬じゃない」 「知っている。君は犬より可愛いよ」 ……それ、褒めているのか? 只今、俺はゼスカと絶賛料理中。 海軍屈しの指に入る料理の腕前を見ろ! ……と言いたいところだが~ なにぶん日本と勝手が違う。 ここは日本本土から何百海里と離れた、南方の沖の島。 地図にもないこの島は、各国との外交で力の均衡を図り、どの国家にも属さない勢力として自治を認められている。 国と言うにも満たない小さな孤島で、ゼスカが日本語を話せるのも、外交がこの島唯一の存続手段だからである。 主に食事の支度を手伝って、俺はゼスカと共同生活をしている。 (それにしても……) 彼は本当に先生に似ている。 顔も、声も、背格好も。全部。 違うのは、南国の強い陽射しに焼けた肌の色と、蝋燭の火を灯したような柔らかな朱の瞳くらいだ。 先生を知っている人が彼を見たら、誰だって見紛うさ。 「あ~もう」 腹いせだ。 「ちょっ、なにするんだ。君っ」 「ゼスカのは特製激辛にしてやるよ♪」 お皿に取り分けた出来立て南国料理を、これでもか!……っていうほど香辛料を振ってやった。 「君っ」 「俺の愛情足りないんだろ?たっぷり振りかけてやるからなー」 「こんな愛妻料理は御免だよっ」 ………………え。 「あの……」 「どうした?」 「愛妻って……」 「あ、いや。それは、ものの例えで……」 「………」 「………」 気まずい、な…… 「それじゃあ、君のたっぷり愛情の振りかけた激辛料理をいただくよ」 「だから愛情ないからっ!」 空気読めよ! 「ひどいね」 「ひどくない!」 こんなわけで、俺はまぁ、それなりにゼスカとこの島での共同生活に馴染んでいる。 「~~~」 「どうした、ゼスカ」 「………………辛い!!」 「当たり前だ」 ほんとに食べるなよ!一番真っ赤になったところを大盛で。 「水っ!早くっ!」 「はいはい」 バシャンッ 延ばした手が、水入れを弾いてしまった。 床に水が盛大にぶちまけられる。 「イサムッ」 押し殺した声で俺の名を呼ぶやいなや、シーツが波打って閃いた。 シーツのうねりが俺の身を包む。 俺とゼスカの約束なんだ。 絶対に守らなければならない約束。 ガタンッ 外で大きな物音が響いた。

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