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三、きっともう戻らない②
シーツの中で息を潜める。
シーツの外でゼスカも息を潜めている。
互いの手を握って、呼吸を殺す。
シーツの中と外、手を繋いで気配をうかがう。
ゼスカとの約束は三つ。
『この家の外に出ない』
『気配がしたら身を隠す』
他国との外交だけで自治を認められている島だ。
ゆえに外部の者には殊に神経質になっている。島民でない俺の存在が知れれば、排斥する者も少なくない。と……
ゼスカが教えてくれた。
やむを得ない事だ。
他国の者を匿えば、それを口実に攻め込む理由を与えてしまう。
平和なんて何かを犠牲にしなければ成り立たない。
幸いにしてゼスカの家は外海の監視も兼ねており、島の村落から離れている。
「……行ったようだ」
シーツ越しにゼスカの声が聞こえた。
「君はここにいろ。念のため、外の様子を見てくる」
彼の手が離れる。
バタンッと扉が開き、やがて程なくして彼は戻ってきた。
「おいで……」
真っ白いシーツを払われて、あたたかい腕が俺を抱きしめた。
「心配ない」
頷いたのは、誰のため?
一つ息を吐いて、彼は微笑んだ。
「風の音だ。気を張り過ぎてしまったね」
「嘘だ」
(あなたはどうして、そんなに悲しそうに笑って見せるんだ)
「俺は軍人だ。誤魔化されない」
「……と言われてもね。風を捕まえる事はできないよ」
どうして?
瞳に笑みを張り付けているんだ。
風なんかじゃない。
風であんなにも緊張は走らない。
「俺には言えない事なのか」
「なんでもないッ!」
初めてだった。
こんなにも苛立ちを露にする彼を見たのは。
今まで聞いた事もない声を荒げる彼に、俺はすべてを悟った。
「来たんだな」
「違うッ!」
「違わない。来たんだ」
外にいた気配は、恐らく配達員だ。
「行くな!」
悲鳴にも似た叫びが胸を刺す。
「戻れば出撃命令が必ず下る」
手首が赤く腫れるほど、ぎゅっときつく握られる。
「君は……死ぬぞ」
俺は、その手を……
「なぁ、ゼスカ」
包む事しかできない。
「約束だろ」
彼との三つ目の約束……
『船が来たら日本に戻る』
「ありがとう」
俺はこの手を振りほどく事しかできない。
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