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五、ハルジオン③
海軍航空隊・特攻志願兵には第一級特務機密を有する任務実行前に、一週間の休暇が付与される。
俺にも、先生にも、例外なく休暇が与えられた。
一週間後、俺達は帰り道のない空へ飛ぶ。
特攻の出撃命令が下った事は秘さなければならない。
家族にも。
嘘つきになって、俺達は限られた一週間を過ごす。
(辛いな)
顔に出てしまったのだろうか。
ぽん、と……
大きな手が頭の上に下りてきた。
「会っておいで」
「うん」
これが最後になる。
一週間後、後悔してももう会えない。
母さんに元気な姿、見せてあげないと。
でも……
会えばもう、戻りたくなくなるかも知れない。
俺は、皆が考えているほど強くなくて、ずっと弱い。
「親孝行しておいで」
あなたは、俺を送り出す。
母さんに会わないとね。俺のためじゃない。母さんのために。
息子の姿を見ないまま、別れたら……
母さんは悲しむ。
いっぱい悲しむ。
俺達特攻隊員は、遺骨すら祖国に帰る事はないのだから。
「母さんの美味しい手料理、食べてくる」
「そうしておいで」
「先生は羨ましい?」
「そうだね。お隣さんの時には、よくご馳走になった。おばさんのちらし寿司は絶品だ」
「先生の分まで食べたげる」
「意地悪だな、君は」
わしゃわしゃわしゃ
大きな手が俺の髪をかき混ぜる。
「いい顔だ」
「ちょっ、くすぐったい」
「羨ましいくらい、いい笑顔だよ」
わしゃわしゃわしゃ
髪をかき混ぜる手を止めてくれない。
「君をそんな笑顔にしてしまうご家族に嫉妬してしまうよ」
「なに言って……わっ、だからくすぐったいってば!」
俺、いっぱい笑って過ごせそう。
笑うのは時に辛いけど。
俺が笑って喜んでくれる人がいるなら、俺も嬉しい。嘘の笑顔は、ほんとうの笑顔に生まれ変わる。
(先生が気づかせてくれた)
先生のお蔭だね。
「一つだけ、約束してくれないか」
不意に、髪を撫でる手が止まった。
「なに?先生」
見上げた瞳に飛び込んでくる。漆黒の双眸がすうっと細められる。
「休暇の最後の一日を俺にくれないか」
それは、最後の一日を先生と一緒に過ごすということ……
「そうだよ。君の貴重な時間を、最後の一日は全部俺と一緒に過ごしてほしい。
……二人きりで」
まともに顔を見られなくて。
「ありがとう」
目も合わせられず、ブンッて首を振って頷いた俺に、柔らかな眼差しが降ってくる。
「大事なご令息をご家族から取り上げて、俺は悪い先生だね」
………チュッ
(今の~~~)
あたたかくて、柔らかい感触!!
先生の唇が、俺の額に触れて……
(俺ッ)
先生に口づけされた!!
………………プシュウ~~~
「君っ、顔が真っ赤だ。頭から湯気も出ている!しっかりするんだ。倒れてはいけないよ!」
こんな俺にしたのは、あなた。
先生のせいです!
俺の体はすべての元凶の屈強な腕に抱き止められて、耳まで真っ赤に染まってしまう。
そんなこんなで、俺達は七日間の休暇に入った。
久し振りの故郷に俺は帰郷しました。
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