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五、ハルジオン④

見下ろす海の色は、あの頃から変わっていない。 眼下に広がる紺碧の海が、波音をはためかせている。 ここから一緒に花火を見たんだ。 神社の鳥居越しに、夜空に咲く幾つもの大輪に俺はいっぱい歓声を上げた。 『見て見て!先生!』 ……って。 大空にキラキラ開いた光の花を指差して。ぎゅっと手と手を繋いで。 大きな音にちょっとビックリしながら、俺達は花火を見ていた。 楽しかったな。 俺も、先生も、皆も。 あの頃は、とても楽しかった。 花火が終わって、煤けた空と、火薬のにおいだけが残って…… 俺は泣いてしまった。 なぜだか、よく分からないけれど。 寂しくて泣いてしまった。 先生が慌てて線香花火を持ってきてくれて、境内でちっちゃな花火大会を始めたね。 『見てごらん』 ……って。 今度は先生が手元の線香花火を指差して、俺はとっても嬉しくなった。 また皆で、花火大会したいな。 ザブン 波の音が鼓膜をうがつ。 海が鳴いている。 海面が朱に染まっていく。今日の太陽が落ちていく。 陽が沈んで、宵闇が空を覆って、夜になって…… 昇る朝日を俺はあと何回、見る事ができるだろうか。 ザブン そろそろ帰ろう。 母さんが夕飯作って待っている。 我が家で過ごすのは、今夜が最後だ。 明朝、俺は汽車に乗って海軍寄宿舎に戻る。 (先生との約束だから) 明日は一日、先生と一緒だ。 (ありがとう、母さん) (ごめんね、母さん) 言葉は両方とも伝えられない。 軍の極秘任務を話す事はできないから。 帰らない空に飛び立つけれど…… 「ありがとう」 この言葉だけは、さらっと言ってみよう。夕飯食べる時に。 ザブン 波にさらわれないように、しっかり伝えておこう。 ザブゥーン 「…………なんで」 振り返った刹那。 声を失った。 ドロップのような夕陽が水平線に浮かんでいて、影が長く長く伸びている。 長く長く伸びた影の中に、俺は吸い込まれる。 「待ちきれなくて、迎えに来てしまったよ」 神様は、ささやかな願い事を叶えてくれた。 「共に過ごす時間を一日半に延長するよ」 鳥居の下で、はにかんであなたは笑った。 「いいかな?」 「先生!」 「おっと」 抱きついた俺をあなたが受け止めてくれる。 「少し寄り道して帰ろう。線香花火、持ってきたんだ。おばさんには後で俺が上手く言うから」 あなたはズルい。

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