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第4話
正午過ぎ。
だいぶゆっくり歩いて来たのだろう。自覚は無かったが、昼休みを終えた会社員達が、まばらに散って行くのが見える。
誰かに慰めて貰う気は毛頭無かったが、本当に無人になっているその場所を見るのは、なんだか寂しい気持ちにさせる。
後ろのボロアパートからも本当に人の気配が無く、近くに設置されていた自販機の機会音だけが辺りに侘びしく響いていた。
僕。もっとちゃんと、頭冷やした方が良いんだろうな。
覚めた頭で考えて、のろのろとその自販機の隣に腰掛ける。
いつも軽い気持ちで、相手に甘えてセックスして。
相手の「すき」の重さなんて、考えてなんかいなかった。
だって、みんな僕とヤリたかっただけなんでしょ?
どうせヤルなら、可愛いコが良いから、僕を選んでたんでしょ?
【担任 】みたいに。
そこまで考えてハッとする。
惣太さんと、アイツは違う。
分かってた。
惣太さんは、ちゃんと僕の気持ちを優先してくれてた。
優しくしてくれてた。
和照さんだって‥‥
なんでアイツなんかと、ココで出会った皆を一緒にしちゃうんだよ。
僕の大馬鹿野郎!!
小さく小さく蹲 ったら、また悲しみが襲って来たから
声を殺してしばらく泣いた。
ああ‥‥。
昨日と今日と、二日連続で泣いている僕の顔は、どれだけ不細工なんだろう。
そう思ったら、ちょっと笑えた。
今の僕に、声を掛けてくれる人なんて、存在するんだろうか?
可愛いくない。需要の無い僕に。
ぼんやり思っていたら、人影がこちらに向かって来るのが見えた。
馴染みのあるシルエット。
なのに、その人を特定するには、フリーズした頭では時間を要した。
「こんな所に居たのか」
だいぶ歩き回ったんだろうか。声の主は軽く息を切らしていた。
「と も?」
僕を探し回ってくれて いた の?
だいぶ酷い事をした。恩を仇で返したのに?
思考が付いて来ない。いや、ともの言動が理解出来ないのだ。
「ここなんだろ?カップルになると‥‥その‥‥」
やっぱりこういう事が苦手なのか、口ごもり、言葉にすらしていないのに真っ赤になる。
「ああもう!」
それから軽くキレたように
「俺に付き合えよ!」
やけくそのように言い放つ。
「‥‥‥‥ん???
んん???」
頭の中がハテナだらけだ。
「とも?
意味分かって良ってる?」
ボッ。と、音が聞こえそうなくらいゆでダコになるとも。
あぁあぁ、珍しく掛けてきたメガネまで曇ってら
「わ 分かって る。」
口唇を尖らせて、ボソボソ喋る。
「だ だから。
俺からは、逃げんな」
そう言って、僕の視線にまで降りて来る。
「お前が、俺に嫌われようとして
ぁ、あんな事したのは分かってる。お前バカだからな。
俺があんな事くらいで、お前の事嫌いになるような
単純な男だと思うなよ。
俺がお前を嫌いになるなんて。
夢にも思うな。バカ」
吃 りながらの、一生懸命の告白。
「ははッ」
今まで落ち込んでた気持ちが、嘘みたいに晴れて行く。
「とも。僕なんかの事好きだったの?」
逃がさないようにと掴まれた手。
その手をきつく握り返す。
「ぁ 当たり前だろ
じゃなきゃ
こんな所まで、追い掛けて来ない」
逸らす視線。すげー照れてるのが分かる。
「そうだね。
ともは、いつも
僕を待っててくれたんだった」
当たり前すぎて忘れてた。
たまに顔を見せに行ってたとものアパート。
ただいつも当たり前にそこにあった。
引越しもせず。ただ、当たり前に、そこに。
「じゃ 僕を
お持ち帰りしてください」
「ちょ」
信じらんない。って顔に書いてある。
「おま
言い方‥‥」
おぉおぉ、曇る曇る。
なんでこんな日にメガネかな。
照れてんのがいつもの倍分かる。
「あはは」
可笑しくて笑ったら、こっそりキスをくれた。
あれ?キスってこんなに甘かったっけ?
こんなに胸がトキメクんだっけ?
まるで初恋みたいなドキドキを胸に抱いて、二人手を繋いでとものアパートに帰った。
今夜は初夜だね。とも。
そう言いたかったけれど、言葉にしたらきっと前が見えなくて帰れなくなるだろうから、その言葉は言わずに胸にしまっておいた。
*
*
*
夕食後。
食器を洗う仕事を任された僕は、先に風呂に入るというともを追い掛けようと、必死に仕事をこなす。
が、結局慣れない仕事にマゴマゴしてたら、とものが早く風呂を上がってしまった。
「ちえ――ッ!」
大声で不満を漏らすと
「お前が何しようとしてたかくらい分かるぞ。
それを見越しての、後片付けだ!」
パンイチで腰に手を当て仁王立ち。
悔しい気持ちと、楽しい気持ちが共存していて、くすぐったい。
「ちえー!ちえー!」
とりあえず悔し紛れに連呼してから、残った後片付けの続きをする。
ともはこういう時でも絶対手伝わない。
どうやら僕を自律させたいらしく、なんでも一人でやらせようとする。
それで初めて、自分が本当に何も出来ない人間なんだと気付かされた。
そりゃそうだ。ホテル代も全部出して貰って、何でも買って貰って。
自分はただただキモチイイ事してただけ。
それで良いと思ってた。
そうやって、でも生きて行けると思ってた。
自分が年を重ねている事すらも忘れて。
ともと居ると、現実を見せ付けられるみたいで、怖くて逃げた。
現実を直視出来ないっていう時点で、自分が成長してないって事なのに。
それを認めるのが怖かった。
でも今は
『一人じゃない』と思えるから
『ともが見ていてくれる』と思えるから
少しづつ、前を向いて行ける。
自分と向き合って行ける。
そう思えるようになったことが、やたらと嬉しかった。
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