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食欲(祈織)

あの日、風呂から出たらあいつはいなかったら そして後日送られてきた新しいソファに 古いソファ回収サービスまで付けられて すげえむかついた なんだよ、すげえむかつく 頼んでねえのに、そんな事 そんなおれは今日から新しい仕事が始まるから 若干の緊張のせいで なかなか眠りに付けなかった上におねしょして朝から最悪だった 仕事行く前につむのところ行って 落ち着いてから行こうと考え いつもの喫茶店に行ったが 「いらっしゃい。いつものでいいですか?」 と、マスターが出迎えてくれて なんとなく流されて端っこの席じゃなくて カウンター席に座らされてしまった 「今日は紬くん休みなんですよ。ごめんね」 『…今日は、カフェラテだけで』 「そうですか、今日はスーツなんですね」 『これから、仕事なので』 と、いうと何か少し考えるような顔をしたマスター 「お仕事、されてたんですね」 『つむから何か聞きました?』 「カフェラテどうぞー」 『……ありがとうございます』 と、目の前に置かれたカフェラテに 角砂糖を入れようと砂糖の瓶に手を伸ばしたら ぱし、と手を止められる 『……なんですか、』 「砂糖、無しで飲んでみません?」 『……なんでですか?』 「うちのコーヒー、お客様によってブレンド変えてるんですよ」 どうぞ、と人の良さそうな、 でも断れないような笑顔で言われ そのまま口を付けた ブラックコーヒーを飲めない訳じゃないけど 甘いほうが好きだと思っていた 『…うまい、』 というか、なんというか落ち着く ふぅ、と息を吐くと 緊張していたのが少しマシになった気がした 「そうでしょ?」 『うん、のみやすかった、』 「ちょっと落ち着いた?祈織さん」 『……おれの、名前』 「あー、紬くんから聞いたんだ」 『そうでしたか、』 と、再びコーヒーカップに口を付けた 「なんか今日ソワソワしてたんで。落ち着けたらいいかなって思ったんですけど」 『……はい、よくわかりましたね』 「まぁ、いつもと服装が違うっていうのもあるかな?」 『……今日から新しい仕事の出勤で』 「あー、なるほど」 『ちょっと、落ち着きました』 「そっか、よかったです。ちょっとでもお役に立てたみたいで」 と、なんか透明のよくわかんない器具でコーヒーを入れ始めたマスター 『………それ、なんですか?』 「これ?サイフォン?」 『さいふぉん、』 「なんで?」 『それでいれるから、おいしいのかなーって、あと、かっけえ』 「あはは、そう思ってくれたら嬉しいです」 と、カションとかプシューとかしたマスター いいな、あれ。さいふぉん 「祈織さんも今度遊びに来おいで、サイフォンの使いかた教えてあげる」 『いいんですか、』 「もちろん、紬くんに連絡とって都合のいい日連絡してくれればいつでもいいよ」 『…ありがとうございます、』 と、なんだかむちゃくちゃ話してしまった でも本当に落ち着けたな、と 少しだけ襟を正して 会社に向かった ◆◆ 『……つかれたぁあ、』 ぼふん、とソファに寝転がって ちょっとした違和感 そう言えばソファが変わったんだった 『ふうぅ、』 疲れた、 久々の仕事めっちゃ疲れた 明日も仕事なんだ、とちょうどぐったりしてしまった ちょっと前までこっちが普通だったのに 数ヶ月引きこもってたからな、 そして1人で電車に乗ったのももう何年ぶりかで疲れたし帰りの電車間違えてちょう遠回りしたし酔った 行きは普通に行けたし酔わなくてよかったけど 酔ったせいでよりぐったりしていて もう1歩も動きたくない 早く車通勤したい、 働くのってこんなに疲れるもんなんだ だって職場の人達とみんな知らない人だし。 『………はらへった、』 けどもう一歩も動けない どうにかそのままスーツだけ脱いだ 『んんん、』 つかれた はらへった、このまま寝そう 眠いのにお腹はぐぅうと音を立てていた どっちかにしろよ、と自分の欲求に文句を付けつつ どうにか起き上がって冷蔵庫まで行き ゼリー飲料を口にした 立っているのも嫌で再びソファに座り iPhoneを手に取った そういえばつむに連絡しよ、と 今朝あのマスターと話した内容を思い出す 今度遊びに行くんだけどいつ出勤? と、送ったところで もう限界で どうにかアラームだけ掛けて ゼリー飲料も飲みきったかもわからないうちに 再びソファに横になる 『んんん、オナニーしたいぃー』 と、少しだけ自分の中心に手を伸ばしたけど 結局そんな元気も無かったようで手はすぐに動かなくなる くそ、 食欲か睡眠欲か性欲 どれかひとつにしろよ、おれ 自分の欲深さに辟易しながらも やっぱり睡眠欲が1番強かったみたいでいつの間にか瞼は下がってしまった

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