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味覚(祈織)

結局あいつはあの後おれにスーツを買ってくれて あいつが、買ってくれたスーツを着て仕事に行ったら あいつが、 「それに、俺が買ってやったスーツきてシバが仕事してるって考えるだけでムラっとくるだろ?」 とか変なこと言った事を思い出してしまって 一日中ムラムラしてしまった もうこのスーツ着れねえじゃん、と苦笑いする 家に帰ってから もううとうととし始めた時だ 祈織さん明日遊びに来るんでしょ?何時に来るの? と、つむから連絡がきて 目を擦って起き上がりスマホを手に取った 何時くらいが都合いいの? と、返信すると 10時過ぎとかだとお客さんちょっと引いて都合いい と、すぐにつむから返信がきたから その時間に行くことにした 翌朝は約束の時間の1時間前くらいに起きて ちゃんと身なりを整えて喫茶店に向かった あー、フレンチトースト食いたい この前くれたチョコソースもすげえ美味しかったけど やっぱりメープルが好きだな なんか昔からずっと好きな味って感じで 「いらっしゃいませー」 『あ!祈織さんおはよう』 『おー、おはよう』 「こっちにどうぞ」 と、マスターに言われて カウンター席に座ると いつもの?と聞かれて頷く 『祈織さんお仕事始めたのに教えてくれなかったじゃん!なんの仕事にしたの?』 『ええ、パソコン関連』 『え!普通の仕事してんの!』 『そりゃするでしょ、』 と、マスターはあんまりおれらの会話は聞いていないようで いつもみたいにかっこいい器具、サイフォンでコーヒーを煎れていた 「食べ終わったら教えるね」 と、おれの視線に気づいたのか マスターは少しにっこりと笑う この人本当にいつも笑顔だよなー、 接客得意というかおれみたいに人見知りしないんだろうな 『マスター、マスター。おれもサイフォンやりたい!祈織さんと一緒に教えて!』 「そうだね。紬くんもそろそろコーヒー練習しようか」 『うん!』 と、おれが食べている間 つむは仕事が終わっていて 最近の事を話してくれる 『おれ、今就活の学年なんだけどね、どーしよっかなぁって。やりたいこととかないからさー』 『へえ、おれもそうだよ。自分のできる事と、条件で選んだだけ』 『条件って?』 『まぁ、都内で通勤しやすい場所、フレックス、車通勤可能、あとは給料とか』 『へええ、めっちゃ現実的』 『そりゃそうでしょ。現実的に働いて生きてくんだから。つか、おれもやりたいこととか無かったからそう選ばざるを得なかった』 『祈織さんでもそういう事考えるんだあ』 『考えるよ。ずっと考えてたじゃん。言ってなかったっけ?』 『うーん、聞いてない、』 と、つむはもぞもぞとおれの隣に腰を下ろし すりすりとくっついてくるから あ、と1口フレンチトーストをつむに食わせる 『うっまぁ』 『うまいよねー、おれこれすきなんだ』 『もうひとくち』 と、かぱ、と口を開けるから 大きめのフレンチトーストを つむの唇の端に引っ掛けながら突っ込んでやる 『んまあ』 「こら、紬くん。お客さんのものとらないの。口汚してるし」 と、それに気付いたマスターが カウンターから手を伸ばして つむの口を拭いてあげている 『むうう、マスター、おれ自分でできます!』 と、マスターのことを見ている へええ、なんだろ、 なにやらもやっとした気分 『つむ、もうひとくち』 と、またフレンチトーストを差し出すと つむは今怒られたのに あ、と口を開けるから 今度はわざと唇の端に引っ掛けて食わせてやると また口の端をメープルで汚しながら うまあ、と食う 『つむ、メープルついてるよ』 『どこ?どっち?』 と、ぺろ、とベロを出すから 『こっち、』 と、親指でつむの口の端を拭いてやって そのままぺろ、と親指を舐める 『いおりさん、』 『うま、』 うん、つむがおれのこと見た、と満足して 最後の1切れのフレンチトーストを食べ カフェラテを飲む 「よし、じゃあそろそろコーヒー入れるから紬くんこっちこようか。祈織さんも良かったら近くでどうぞ」 と、カウンターの内側に入れてくれる 「まずこれをセットして、ここ、きゅって引っ張って」 と、なんか器具に色々セットする 「ここでアルコールランプ付けて」 と、アルコールランプとか 理科の実験で遠い昔使ったっきりの道具の名前も出てきて ちょっとわくわくする 『へええ、』 『すげええ、』 『な』 と、つむと顔を見合わせる すると 「ふっ、」 と、マスターが笑って 顔を上げた 『え?マスターなに?どしたの?』 と、つむが聞いて 「だって紬くんと祈織さん同じ顔するから」 え、とつむと顔を見合わすと つむは口が間間抜けな顔をしていて おれもそんな間抜けな顔してたかも、と 直ぐに顔を引き締めた 『だってすごかったんだもん、ねえ?』 と、つむはこてんと首を傾ける 『…そうだね、アルコールランプすごかった』 「コーヒーの粉をここに入れるよ」 と、続けて説明をしてくれる 『コーヒーいい匂い』 『マスターのコーヒーおれすきぃ』 「今回は紬くんの好きなブレンドにしてるよ」 と、コポコポ音がなっていてカッコイイ つむはやり方を必死にメモとっていた 『つむの好きなブレンドっておれのと違うんですか?』 「紬くんの方がちょっと苦めかな?祈織さんのは甘いやつにしてるよ」 『へええ、祈織さん味覚子供だもんね』 『つむうっさー』 「ここで撹拌して、」 と、着々とコーヒーは出来上がりに近付いていく 『へええ、』 しゅこーっと音がしていて コーヒーが全部フラスコに落ちた 「はい、これで完成。飲んでみて?あ、祈織さんとブラックで飲めたらどうぞ」 と、コーヒーカップを2つおれとつむの前に置いてくれる 『んん、うまあ、祈織さん飲める?』 『飲めるし……うま、』 「よかった。つぎ、祈織さん良かったらやってみようねー」 と、おれがコーヒーを入れる準備をしてくれる アルコールランプとかフラスコとか実験みたいで楽しいなあ おれもこれ買おー

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