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傷口(つむぎ)
『ぅぅ、』
ぐすぐすと涙を拭いながらとぼとぼと歩いていた
分かっていた
祈織さんがおれに恋愛感情がないってことくらい
でも、おれは祈織さんのことをやっぱり好きだったんだ
一緒に暮らすのをやめて
距離をとって
ちょっと祈織さんのこと好きな気持ち
無くなっていたと思ったけど
おれはやっぱり恋愛感情以外でも
祈織さんの事が好きだった
だから
祈織さんと中途半端にしてるのが辛くなってしまった
はっきりと祈織さんの口からおれの事をちゃんと好きじゃなかったという言葉聞いたら悲しくなった
そして何より
逃げている祈織さんを見ているのが辛くなってしまった
とぼとぼと歩いていると
いつの間にか店の前まで来ていて
こんな時間にお店やってるんだ、と
足を止める
その時だ
「また来てくださいねー」
カランカランとドアのベルと一緒に
お客さんとマスターが出てくる
「あれ?紬くん?」
『ますたー、?』
泣き顔見られた、と急いで
涙を拭ってすぐに顔を上げた
「もう店おしまいなんだけどちょっとコーヒー飲んでかないかな?」
『え、と、コーヒー?』
「うん。夜に飲んだら寝れなくなっちゃう?」
『お、れ!こどもじゃないからそんなこと!』
「そっか、じゃあちょっとだけ付き合ってね」
マスターはすぐにおれを中に入れてくれて
コーヒーの準備をしてくれる
バー営業の時間だからいつもより暗い店内
でも入る時になったドアのベルの音も
マスターがコーヒーを入れる時の
癒される音もコーヒーの匂いも
いつもと同じなのに
なんだか胸の奥がじわじわする
「夜だからちょっとだけ甘くしようね」
と、マスターはラテにしてくれて
自分の分も入れて隣に座る
『あ、おれ、きょう…買っていった豆、じょうずに、コーヒーいれられました』
「そっか、紬くんいっぱい練習してたもんね」
『えっと、マスターにはまだまだ適わないけど』
いただきます、とマスターが入れてくれたコーヒーを飲むと
胸の奥でじわじわしてたのが
暖かくなって広がってぶわりと目からまた涙が溢れ出してしまった
「大丈夫?」
『すみません、』
「話したくなかったら話さなくていいけど、もし話した方が楽になるなら聞かせて欲しいな」
『…話しても、いいですか?えっと、聞かなくても、いいです』
「聞くよ、紬くんが話してくれるんだから」
『…おれ、前にも言ったことあるけど……祈織さんのこと、好きだったんです』
「うん、そうだよね」
『えっと…気持ち悪いですか?』
「そんな事ないよ。まぁ、僕も男の人経験あるし」
『え、マスターも、えっと』
「だから、なんでも話して大丈夫だよ。聞かないで欲しいなら、すぐ忘れてあげるし」
『…マスターは、その人と、』
「僕の場合は元から、望みのない恋だったから、勝手に僕が好きだっただけ」
『…おれも、そんな感じです』
と、苦笑いしてしまう
「だから、気持ち悪いなんて絶対ないよ」
と、マスターの言葉に解かされて
少しずつ、言葉にしてしまう
『おれ、祈織さんに好きって伝えて、祈織さんも応えようとしてくれてたのは多分、本当なんです』
「うん、」
『でも、祈織さんはやっぱりおれの事、ちゃんとは好きになってくれなくて。祈織さんの中には他に好きな人がずっと居るから』
祈織さんが悪いわけじゃないのだってわかってる
でも、祈織さんはおれの事
本当に好きにはなれなかったんだ
俺が求めることにはだいたい応えてくれて、
一応、ちゃんと大事にしてくれて
かわいがってくれたけど
おれが、1番ほしかった好きだけはくれなかった
いや、持ってなかったんだ
かっこよくて、広い家と
ちゃんと働いて稼いでいておれを住ませても余裕ぐらいのお金も、かっこいい車も持っていて
誰が見てもかっこいいって思うくらいの容姿だって
おれからみたらなんでも持っているように見えていた祈織さんだけど
持っていなかったんだ、おれの事を好きになる場所を
だって、祈織さんは気付いているかわからないけどその場所にはずっと社長がいて、
『おれ、本当はわかってて…祈織さん、1回もおれにちゃんとキスしてくれなかったんです、わざとか無意識かわからないけど』
「そうだったんだ、」
マスターは、おれが
自分の頭の中を整理する為に話した言葉を
ただ聞いてくれて
そのおかげでちゃんと自分とも向き合えた
『だから、俺が間違ってたんです。元から祈織さんが持っていなかったものを欲しがったおれが、』
「辛かったね。でも紬くんは自分で向き合ってちゃんと答えを出してきたんだ」
『…はい、ちゃんと、区切り付けられたんだと思う』
「でも、あんまり悲しい事言っちゃダメだよ。好きっていう感情に間違えなんて無いんだから」
『でも、好きになったらいけない人、好きになったから』
「うまくいかないことは、あるよ。特に男同士だしね。僕もうまくいかなかったし、結局。男同士は世間的に正しいと言えるかもわからないしね…」
と、マスターの言葉がぐさりと刺さる感じがした
「でも、僕の中に生まれたあの人を好きになった感情まで間違えって否定したくなかったんだ。自分が誰かを愛した経験は、間違えなんかじゃないと思うな」
『なんにも、ならなかったのに?』
「なんにも、ならなかったとしても、紬くんの中で誰かに恋をした経験は残った。在り来りな言葉だけどね」
『でも、こんなに辛いなら、いらなかったのに』
「僕も、そう思ってたよ」
『マスターは、どうやって立ち直ったの?失恋したあと』
「単純に時間が解決してくれるのを待っていたっていうのもあるけど…あの時の経験があるからこそ、僕が他の人の傷口を少しだけ埋められてるようになってきて、あの経験は僕には必要だったって思えるようになったんだ。だから今も、紬くんの傷口も少しでも埋められてたらいいんだけど」
『うん、マスターに話したら辛いの少しだけど、マシになってきた』
「僕の失恋も、無駄じゃなかったって事だね」
と、マスターは優しい笑顔を見せてくれて
辛くて、おれに涙を流させていた所が
少しだけマシになっているのを感じた
「変な意味じゃなく聞いて欲しいんだけど、正しい恋だけじゃなくてもいいと思うんだ。傷口を埋め合うような恋でも、いつかは本当の愛になることだって僕はあると思うけどな」
まだ、本当に立ち直るのは時間がかかるかもしれないけど、マスターの言葉の通り
祈織さんと離れてからマスターといる事で
おれの傷口はマスターがすぐに埋めていってくれていることに気付いた
『マスターの言葉って、このコーヒーみたいですね』
「コーヒー?」
『苦いけど、甘くて…おれの中温かくしてくれる』
「そっか、お気に召したなら良かったな」
と、マスターは優しく笑ってくれた
また、おれ無駄な恋をしようとしているのかも
願わくば、今度は無駄じゃなくて傷つかない恋がしたいけれども
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