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偽物(祈織)

おまえも、おれのこと捨てんのかよ そんな事言うつもりも自分が感じてるとも思ってなかった でも言葉として出てきてしまえば 自分でも実感してしまって 捨てるなら最初からおれのこと好きとか言うなよ なんだよ…おれが逃げてるって 限界って おれが逃げてるんじゃなくて周りがおれをおいていなくなるんだろ もう捨てられるのなんて嫌だった 匡平に拾われる前は 仕事もなくて、帰る家も無くて 金もなくて あの頃は何にも持ってなかった でも、あの頃は誰の中にもおれの存在は無くて 誰かの所有物にもなっていなかったから ただの1人で ただ、1人だっただけで 1人以外を知らなかったから寂しくなんて無かった 今は2人でいることを知ってしまったから 匡平と一緒にいた時に 単なる所有物だったけど 誰かと一緒にいる事を覚えてしまった おれが、好きって感情を覚えてしまった 偽物だったけど おれの好きは間違えなく偽物じゃなくて 例え匡平がおれの事好きじゃなくても 幸せだったし、その分痛かった 匡平と一緒に暮らすのを辞めたあとは 好き を無くしてしまって 幸せも無くして、痛い だけが残ったけど でも、紬を拾ったあとは 紬がおれが無くした好きをおれの分まで持っていてくれたから おれと一緒にいてくれて おれに好きという感情をくれたから居心地が良かった 痛かったのが少しだけ和らいだ生活を送れていた けど、紬がおれと一緒で好きを持ったまま出ていって、気付かなかったけど それで、その好きもおれから離れることでどんどん薄れていくのを感じて 寂しくて仕方がなかった 最近ずっと感じていた漠然とした寂しさは 1人で暮らすようになったからじゃなくて、 また、1人になったからで 紬にも捨てられて また、今のおれは好きを無くして あの時より強い、痛いだけが残っていた こんなに痛いなら、 2人でいることを知りたくなかった。 ずっと1人でいれば良かった 結局、おれの好きなんて 誰の役にもたたない迷惑な感情でしかなかったんだ こんなに痛いのに 社会人のおれはどうにかいつもの時間に家を出て 会社に行かなきゃいけないという決まりのおかげでどうにか今日も生きてどうにか会社で働いていた 社会人のおれ偉い、 好きっていう迷惑な誰の役にも立たない感情持ってても 仕事している間だけはちょっとだけは社会の役に立ってると自分でどうにか自分を褒めることでどうにか今日も生きていた ただ偉い社会人のおれでも、 仕事はどうにかこなしていても 精神的なものか食欲もやる気も出なくて 昼休みはカフェで飲み物だけを頼んでぼけ、としていた 仕事中はなんにも考えなくていいのに 昼休みで仕事の事を考えなくなると もやもやのした物が自分の中に広がっていって 身体が動かなくなる 仕事に戻らなきゃ もう帰りたい、何もしたくない はぁあ、と長すぎるため息は止まらなくて ボケっと窓の外を眺めていた 今日が終われば明日から会社はリモートが再開される 外に出てるから何となく生きてるけど 家で1人とかになると生きていける自信が無かった 仕事戻ろうとため息を吐いて 最近本数の増えているタバコを吸って 残っていた飲み物を飲み干して席から立ち上がった 匡平に会いたいな と、つむの事で悩んでたのに匡平に会いたくなるなんて何か申し訳ないけど 結局はおれは匡平に甘えていると言うことがわかって益々自己嫌悪した 大人になろうと決めて 昔匡平の家から出て それでも足りなかったから転職もした でも 実際は熱出たり寂しいだけでまだ漏らすし 匡平にすぐ頼るし 感情のコントロールも上手くできない 全然大人じゃない あの頃と違って 自分の家に住んで、自分で働いて稼いで ちゃんと大人なつもりだったのに まだ何かが足りない 出会った頃の匡平の年齢は超えた なのに、出会った頃の匡平の方が今のおれよりずっと大人に見えた 匡平と対等になりたくて 家を出て、会社も辞めたけど 結局おれが匡平と対等に慣れるなんてこんな自分勝手なやつには到底無理な話で まぁ結果的には家も会社も出てきて良かったのかもしれない 匡平の事、おれが匡平を好きって感情から遠ざけられた 匡平をやっと解放できたんだ 窓の外でこちらに手をふる人物が現れた 『あ、』 と、顔を上げるとすぐにその人は店内に入ってきて 「やっぱりシバくんだ!久しぶり」 と、笑顔で言った 『久しぶり、です。みーちゃん、』 「うん、お兄ちゃんの家出ていってからシバくん実家に来なくなったでしょ?5年振りくらい?何してるの?」 『えっと、昼休み、』 「お兄ちゃんの会社ここら辺じゃなかったよね?」 『あ、転職したんで』 「え?会社辞めてたの?」 『…ちょっと前に、ちゃんと辞めたのは4ヶ月くらい前かも』 「そうなの?お兄ちゃん何にも言ってなかったのに」 『みーちゃんは、ここで』 「あ、私会社ここら辺なの。シバくんの新しい会社もこの辺り?」 『うん、そこのビル』 「そうなんだ、じゃあこれからもちょくちょく合うかもね」 『あ、うん。…あ、みーちゃん結婚したって』 「あー、お兄ちゃんから聞いた?」 『ちょっと前に』 「シバくんも結婚式来てくれれば良かったのに」 『…いや、おれは』 そんな行くような関係じゃないから 「というかシバくんお昼それだけ?なんにも食べないの?」 『あー、ちょっと、疲れてて』 「ちゃんと食べないと持たないよ?というかシバくん痩せたね?」 『あー、最近ご飯適当にしてるから』 「お兄ちゃんに美味しいもの食べさせてもらいなよ。あの人稼ぐだけ稼いでお金使う趣味ないんだから」 『あー…うん、』 「円満退社でしょ?お兄ちゃんには会ってないの?」 『あ、たまに、会うよ。此の前あー、熱出したとき、来てくれた』 「熱出したの?やっぱりちゃんと食べないからだよ!ほら、私のサンドイッチあげるから食べなよ」 『えっと、そんな、いいよ。みーちゃんのだし』 「食べないと元気でないしどんどん暗くなるよ!なんか今日のシバくん暗いし」 『元からだよ、おれはそんな明るくない』 「うーん、明るいっていうタイプじゃないかもしれないけど…今日はなんかオーラが澱んでる?」 『おーら、』 「というかお兄ちゃんも最近元気ないんだよね。この前結婚祝いでご飯連れてってもらったからあったんだけど」 『あー、そうなんだ、』 「お兄ちゃんも独り身寂しいだろうしさっさと結婚すればいいのにね…ってもう40か、お兄ちゃん」 『するんじゃないのかな、結婚。いい人がいれば』 「そうなの?結婚したいって言ってた?」 『いや…そういう訳じゃないけど』 おれはもう匡平の家から出ていった 会社からも出ていった だから匡平は散々迷惑をかけているおれの好きから解放されるし もう俺の世話なんてする必要無いんだから 結婚すればいい そしたら、おれの迷惑な感情もようやく捨てられる そうだ、捨てられて辛くなるくらいなら 捨てられる前に、自分で捨ててしまえばいいんだ 「シバくん?」 『あ、おれもう、行かなきゃ。サンドイッチありがとう』 「え…?うん、」 『じゃあね』 「あ、うん、またね」

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