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筋肉(つむぎ)

祈織さんとはあれ以来会ってないし 連絡も取れないでいた 祈織さんも良くここのお店来てたのに 最近は来なくなっちゃって 常連さんだったのに俺がいるから来にくいのかな、悪いことした、と申しわけない気持ちでいっぱいだった でも、祈織さんが… おれのこと好きじゃないから もうああいう風に言うしか無くて 仕方なかったんだ だって、どう頑張ったって 祈織さんは社長のことが好きなんだもん おれの中で諦めはついていて でもお世話になった祈織さんに あんな態度を取ってしまって もう会えないのかなって考えると寂しい気持ちでいっぱいだった カランコロン、と ドアのベルがなって はっとして顔を上げる バイト中だからちゃんとしなきゃ 『いらっしゃいま、あれ、』 「おう、しずく」 と、そこにいたのは見覚えのある人で というか 『ガタイのいいおっさん』 「…なんだよ、いきなり」 『いや、すみません、社長、』 と、社長はいつも祈織さんが座る端っこの席の向かいの席に腰を下ろした 「いつもの。あー、やっぱりブレンドだけ」 と、何だかソワソワしている様子でコーヒーだけを注文した 『…はい、』 どうしたんだろ、とマスターにコーヒーをお願いした 「紬くんあの人とも知り合い?」 『はい、一応…前のバイト先の社長さんで』 「あー、」 『どうしたんだろ。なんかソワソワ?イライラ?してる』 「そっか、じゃあこっちにしようかな、豆」 と、マスターは社長のために特別ブレンドでコーヒーをいれてくれて おれはそれを持って社長の所に向かう 『ブレンドコーヒーです、』 「あぁ、ありがとう」 と、社長はそれを受け取って 何故か少しおれの顔を見た 『な、なにか』 「お前さ、」 『はい、』 「……最近、祈織の家行ったのいつ?」 『え、?いや、なんでですか?』 「いや、いつ最後にあいつに会ったかって」 『え、あの、1ヶ月くらい前ですけど、』 え、なんでそんなこと聞くの 祈織さん社長になんか言ったのかな うわ、おれめっちゃ邪魔者扱いされてるんじゃ、 「お前も1ヶ月前かよ…くそ、それ以来連絡は?」 『え?なんでですか?』 「取ってねえの?連絡、」 『あ、…はい、それ以来、連絡してないです、』 「…くそ、」 と、社長は小さな声で悪態をついて コーヒーを1口飲んだ 社長、祈織さんのこと 人前ではシバって呼んでんのに、 今日は祈織っ呼んでる 「…味変わったか?」 『マスターが、特別ブレンドって、』 「…へぇ、」 『なんか、イライラしてたから、』 「……悪い」 社長はもう一口コーヒーを味わうように飲んで ため息をつく 『なんかあったんですか?』 「…いねえんだよ、祈織が」 『いない?どっか行ってるんですか?』 「何日も家帰ってこねえし…会社もリモートらしくて会社にいる訳でもねえ」 『え?れんらくは、』 「…してるよ、そんぐらい」 『返ってこないんですか?』 「…こねえ…し、もう繋がんねぇ」 『え?祈織さんどこに、』 「俺の事避けてんのかと思ったけど俺以外のやつも1ヶ月は連絡取ってねえっていうからお前のところ来たのにお前もかよ」 『…え、すみません、』 そんな、祈織さん連絡取ってないって 『あ、あの、実家とか』 「あいつは実家帰んねえよ」 『え、というかなんでおれに聞きに来たんですか』 「お前しかいねえだろ」 『いや、そんな、おれは……ただの、、元居候ですし、』 「元居候だろうがなんだろうが、あいつが今好きなのはお前だろ」 『な!なに、いってんすか、』 社長のその言葉に頭が沸騰しそうだった そんな訳ないのに、 なんでこの人は分かってないんだよ おれが、おれが祈織さんの事好きになって ずっと祈織さんに好きになって欲しくて おれがずっと欲しかった 祈織さんの好きって感情も キスも、もらえなくて、 独り占めしている社長が、 「は?」 『い、祈織さんが、!』 「…なんだよ、」 『脳みそまで筋肉かよ!』 「は!?」 『もう知らないです』 「おい!しずく」 『おれしずくじゃなくて紬なんで』 ふんっと言い放つが やってしまった、とすぐに冷静になる いや、おれバイト中だった 『あ、いや、』 「大丈夫?」 「あ。すんません。うるさくして」 と、様子を見に来たマスターに社長が頭を下げるからおれもすぐに頭を下げる 「どうかされました?」 「…いえ、個人的な事で」 「そうですか、うちの従業員に粗相でもあったかと」 「いや、そいつは悪くないんで」 『…ごめんなさい、マスター』 「うん、紬くんはもう戻ってて」 『は、はい、』 お店で騒いで申し訳ない事をしてしまった、と ちょっと落ち込みながらカウンターに戻る マスター、何か社長に話すのかな、と 少しだけ聞き耳を立てるけど聞こえなくて はぁ、と、ため息をつく そして、間もなくして戻ってくるマスター 『…すみません』 「うん、大丈夫だよ」 『なにか、お話』 「あの社長さんね、苦めの深煎りのコーヒーが好きなんだけど、」 『ん?え?』 「今日のブレンドはね、少し甘めにして落ち着くようにまろやかな口当たりのものを選んだんだ」 『ブレンド?え?』 と、いきなり始まったコーヒーのお話で 首を傾げる 「あの人、祈織さんが、仕事始める日にソワソワしながらうちに来た時も、同じの出したんだ」 『あ、…そうなんですね』 「それを、社長さんにも伝えただけだよ」 『…社長、なんて、』 「そうですかって、」 と、その一言だけだったようだけど 社長はコーヒーを飲んで 少し落ち着いたような表情をして窓から外を眺めていた お店の窓側、1番端っこの席 その席でいつも祈織さんはカウンターに背中を向けて座っているけど 社長は向かいの席に座っているから表情がよく見える あぁ、ずっとあの席に2人で座っていたから 1人できても座る場所が決まってるんだなって、 『おれ、謝りに行ってきます』 「大丈夫?」 『はい、』 と、社長の所に行ってすぐに頭を下げる 『脳みそまで筋肉とか言ってごめんなさい』 「…んだよ、そんなん、」 『おれも祈織さんに…連絡してみます』 「あぁ、もし繋がったら教えてもらえると助かる」 『…はい、あと』 「あぁ、何」 『祈織さんが、好きなのはおれじゃないです。おれ…祈織さんとこの前お別れしたんです』 「お別れ?」 『もう……祈織さんと一緒にはいれないって。祈織さんが好きなのはおれじゃないから』 「…それ、いつの話?」 『あ、それが最後です。祈織さんと会ったの、1ヶ月くらい前』 「…あいつ、なんて?」 『…お前も俺の事捨てんのかよって、』 「……あぁ、わかった」 と、社長はすぐにコーヒーを飲み干して 立ち上がった 『あの、おれ、』 「ありがとな、祈織の事探してくる」 と、社長はおれの頭撫で 出ていった 祈織さん、どこいっちゃったんだろ そんな連絡つかないって、生きてるよね…?

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