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2. 割れて壊れたティーカップ・中編

 レバンの隣でアルベルトは立ち止まった。 「アルベルト!」    ローシャはアルベルトに駆け寄ろうとしたが、男たちに腕を拘束されており身をよじるだけで終わった。 「君たち、ローシャ様を解放して」  アルベルトは男たちににこやかに命じた。 「しかし、アルベルト様。こいつはレイ家の」 「その汚い手をローシャ様から離せっつってんだよ」  アルベルトから笑みが消え冷たい低い声が響いた。  男たちは慌ててローシャを解放し距離をとった。ローシャは急に手を離されたものだから体勢を崩しよろめいた。今転ぶわけにはいかないと、なんとか立ち直した。その動きが逃走を図ったように見えたのかレバンの銃口が近づき「動くな」と命じられる。いつ引かれるか分からない銃口にローシャは怯え、息を飲み込んだ。 「レバンも。そんな物騒なモノを大切なローシャ様に向けるな。さっさとおろせ」  アルベルトのぶっきらぼうな物言いは普段の穏やかな彼とかけ離れていた。ローシャは戸惑った。アルベルトはローシャの味方のようだが、それでも纏う雰囲気は恐ろしかった。  レバンは銃口をローシャに向けたままアルベルトに返事をした。 「アルベルト。俺はもともと貴様の考えには反対だったんだ」 「その事は何度も話し合って納得したことだろう」 「“ローシャは巻き込まない” 無理にそう決めたのは貴様が全責任を負うと言ったからだ。だがどうだ?さっそく邪魔になっている。詰めが甘いんじゃないのか?俺は今ローシャを始末してもいいんだ」 「たしかに、甘かった。ローシャ様が私の“お願い”を破って部屋から出るなんて思いませんでしたから」  アルベルトが目を細めてローシャを見た。その視線はローシャを咎めている。 「アルベルト、アルベルト。ごめんなさい、許して、ごめんなさい」  ローシャはまた涙が止まらなくなった。 「アルベルト、ごめんなさい。助けて…助け…ううっ…ひっく…」  アルベルトの口元が歪んだ。それは笑っているように見えた。 「レバン。レイ家の後始末は君に任せる。俺は少しローシャ様と話してくる」 「わかった、アルベルト。貴様は優秀だ。今回の計画も貴様がいなければ成功はなかった。貴様の役割はほぼ完了している。あとは好きにすればいい」  レバンはローシャに向けていた拳銃を下ろした。そしてアルベルトはローシャの肩を抱え込みそのまま歩き出した。急のことだったのでローシャは足がもつれたがアルベルトにすぐ支えられた。アルベルトに体重を預けるように歩んだ。スーツの男たちは道を開け、アルベルトに一礼をした。  アルベルトが大広間の扉を開けた時に、ローシャは振り返り家族の方を見た。家族はいまだ男たちに拳銃を向けたれ拘束されている。跪き、頭を下げているが、その視線は皆ローシャを睨んでいた。  怖い。  ローシャだけ助かろうとしていることを責めているのか。家族を助けないことを恨んでいるのか。何かを訴えかけているのか。わからない。ローシャには分からなかった。ただその視線は心の底から恐ろしくて、ローシャは家族から目をそらした。  アルベルトに軽く背中を押されローシャが大広間か出ると、扉は閉めたれた。扉の閉まる音は、家族とローシャの断絶の音のように響いた。 「行きましょう、ローシャ様」 アルベルトの声に導かれ、ローシャは長い廊下を歩き出した。  無言が続く。どこに向かっているのかも分からない。アルベルトの顔をチラリと盗み見ると、無表情で冷淡な雰囲気に包まれていて、正直、怖かった。ローシャの前ではアルベルトはいつも優しかったから。  このあと家族がどうなるか分からない。ローシャ自身がどうなるか分からない。アルベルトの考えていることが分からない。何もかもが分からなくて怖くて怖くてローシャは泣いた。 「うう…うぅっ…ひっく…うう」  アルベルトがローシャの背中をさすった。 「大丈夫ですか?ローシャ様」  それは優しい声色で、ローシャは涙でぼやけた視界でアルベルトを見た。アルベルトは仄暗い笑顔でローシャを覗き込んでいた。ローシャの期待していたいつもの優しいアルベルトではなかった。 「ア、アルベルト…」  思わずローシャは後ずさった。声が震える。涙がとまらない。 「ローシャ様」  アルベルトが一歩近づいたのでローシャは反射的に一歩下がった。 「怯えて。かわいそうに」  そう言うアルベルトの表情は楽しそうだった。  アルベルトの手が伸びて、ローシャの頰に触れようとする。 「嫌だ」  今のアルベルトに触れられたくない。ローシャはアルベルトの傍を走って逃げだしたがすぐにアルベルトに腕を捕まれ引き寄せられた。そのまま強引に連れていかれ壁に押し付けられた。アルベルトの力は強く、あがいても抜け出せない。 「や、やだ。何、怖いよ、アルベルト。アルベルト」 「ローシャ様。落ち着いて。興奮してらっしゃる。無理もない、こんな状況で」 「こ、怖い。アルベルト。は、離して」 「実は、私も興奮してるんです。わかりますか?」 「ア…アルベルト…」  ローシャは青ざめた。アルベルトが下半身を押し付けてきたからだ。アルベルトの勃ったそこは布越しでも伝わる。 「何?何?アルベルト!やめて!」 「わかりますか?ローシャ様」 「わかんないよ!やだ!嫌だよアルベルト!」  アルベルトは腰を揺らし、勃ったそれをローシャに擦り付けた。 「ひっ」 「ああ。ローシャ様。私を感じますか?」 「うう…うあ…やめて…アルベルト…」 「ローシャ様、ずっとこうしたかった」  アルベルトの息は荒かった。その生暖かい息が顔にかかるくらい接近され、ローシャは両頬を掴まれると上を向かされ、口付けをされた。 「んっ、んんー…」  力強いキス。角度を変え、何度も与えられる。抵抗しようと身を捩らせれば、密着した下半身の形を感じてしまい、恐怖が増すだけだった。 「ぷはっ…はぁっはぁ…」  アルベルトが唇を離すと、お互い息が上がっていた。 「泣かないで、ローシャ様」  アルベルトの指がローシャの涙を拭う。アルベルトの声は熱を含んでいた。 「…どうしてアルベルト、こんなこと…」  アルベルトは黙って微笑んだ。その微笑みはローシャが知っている優しいものだった。ローシャはその表情に緊張が緩んだ。  アルベルトはローシャを抱きしめた。割れ物を扱うように丁寧にそっと抱かれた。ローシャはアルベルトが好きだ。ローシャは手はアルベルトを抱き返そうと自然に動いた。その寸前、ローシャはアルベルトに抱っこされた。 「わっ、やだ、降ろして!」 「ローシャ様。先ほどからずっと震えていらっしゃる。それではうまく歩けないでしょう?私が運んで差し上げます」 「降ろして、降ろしてよ」  ローシャの訴えを聞かず、アルベルトはそのまま歩き出した。バランスがうまくとれず、ローシャは抵抗するのを諦めて、落ちないようアルベルトにしがみついた。そして彼の肩に顔をうずめた。 「アルベルト、どうしてこんなことをするの?僕のこと嫌いになった?」 「まさか、そう受け取られるのは心外ですね。私はいつでもローシャ様を慕っております」 「じゃあ、なんで?僕の家族はどうなるの?僕はこれからどうなるの?」 「…そうですね、ご家族のことは申し上げられません。しかしもう二度と会えないと覚悟してください」 「………」 「そう思いつめないでください、ローシャ様。今までと同じです。あなたのご家族があなたを避けていたのを私はずっと見ていましたから。もう会えないことで今までと何か変わりますか?」 「………」 「そうでしょう?ローシャ様」 「…僕も」 「うん?」 「僕も捕まえて。家族と一緒にして。殺されても構わない。父様と母様、兄様たちと同じ扱いをして…」  いつも家族から爪弾きにされてきた。こんな時でさえローシャは家族とみなされないのかと悲しくなった。おかしな話だ、家族が並んで拘束されているを見た時、その悲惨な姿よりも、そこにローシャも並んでいないことに心を痛めた。自分は“レイ家”の人間にはなれないのかと。最後くらい、家族として扱ってほしい。 「ローシャ様!」  アルベルトは怒鳴った。ローシャはビクリとし顔をあげた。 「あなたを独りにした家族がそんなに大事ですか?あんな奴らがそんなに大事ですか?ローシャ様、あなたが一番大事なのは家族じゃないでしょう?」 「な、何を言って」 「ローシャ様を一番理解し、一番近くにいたのは誰ですか?」 「い、痛い」 「答えて」 アルベルトの腕の力が強くなった。細いローシャの腰は折れそうだった。 「痛い、もうやだ。降ろして、降ろせ!」 ローシャは手を延ばしアルベルトの体を押しのけた。しかしさらに強い力でアルベルトに抱きかかえられた。 「分からないなら分からせてあげましょう」 アルベルトは静かにそう言うと歩く速度をあげた。 「離して、ねえ。嫌だ、怖い」 ローシャは訴えかけたが、アルベルトがそれ以降返事をすることはなかった。ローシャが「嫌だ、嫌だ」と壊れたように繰り返すだけだった。

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