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第12話

腕時計の針は11時半過ぎを指していた。ここのレストラン街は混んでいるだろうから、百貨店の外に出て昼食にしよう。圭一郎はエレベーターへと向かった。 3台あるエレベーターはどれも、10階のレストラン街へと上がっていく。6階に降りてきてドアが開いても人がいっぱいで、それなりに大きな荷物を持った圭一郎が乗れるスペースはなかった。数分間待ってみたが状況は変わらず、諦めてエスカレーターにしようと思ったところで、背後から会話が聞こえてきた。思わず背筋が強ばり、エスカレーターへと向けようとした足が止まってしまう。 「みきおさん、本当にありがとうね。すごく嬉しい」 「それは良かった。君が気に入ってくれて、僕もすごく嬉しいよ」 「ふふ。あのソファーがウチに届いたら、遊びに来てね。座り心地も寝心地良さそうだし、ね?」 「あぁ、必ず。君が前に好きだって言ってたワインと、それに合うチーズを見繕って持って行くよ」 「やった! 俺、あのワイン本当に好きなんだぁ――」 リョウとご老体だ。振り返って姿を見ていないが、親密な言葉のやり取りと囁き合うような笑い声が、すぐ近くで聞こえる。ご老体の方は、リョウに骨抜きといったところか。年季と深みのある低音に限りないほどの甘さを含ませていた。……素知らぬ顔でこの場から離れようと思ったが、図らずも下へと向かうエレベーターが目の前で開き、しかもかなり空いていた。仕方なく圭一郎は乗り込み、ボタンの近くに立つと、ちょうど彼らが自分とすれ違うようにエレベーターに乗ってきた。 近くで見たご老体の顔は歳相応に老けていたが、なかなかに整っていた。若い頃はさぞかし美男だったのだろう。それに、背筋もピンと伸びていて気品がある。洒落込んだ服はハイブランドに違いなく、とても良く似合っていた。リョウの顔は見ず、圭一郎は閉じられたドアをぼうっと見つめた。 少ないとはいえ他の客がいるにも関わらず、彼らは引き続き仲睦まじく、次の逢瀬であれをしよう、これをしようと話をしていた。見たところスマートな老人だが、リョウの上っ面だけの甘い言葉を真に受けているあたり、彼に相当入れ込み、馬鹿になっているのだろう。少しだけ気の毒に思えたところで、1階に到着し、ドアが開いた。 ボタンから一番近い場所に立っていたため、圭一郎は《開》を押し、他の客に先に降りるよう、視線でちらりと促した。それを受け、乗っていた人々は軽くこちらに会釈しながら、ぞろぞろと降りていく。最後のひとりとなったところで、圭一郎もエレベーターを降りた。 その時にはもう、リョウとご老体はフロアの買い物客に紛れ、どこかへと姿を消していた。探すつもりはなかった。彼らがこの後、どこで何しようが知ったことではない。 ただ、リョウという青年のろくでもなさを目の当たりにし、呆れた気持ちでいた。 まぁ、どうでもいい。圭一郎は右手に提げた贈り物を片腕で抱え、菱井百貨店を出る。柔らかな日差しが注ぐ銀座の街を淡々と歩きながら、確かに終わらせるべきだなとぼんやりと思った。

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