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第17話

「その人のことが、本当に好きだったんだ?」 リョウの言葉に、着替えを終えた圭一郎は目を伏せた。 「あぁ。心の底から愛していた」 顔をあげれば、まったくその通りなのだが、リョウは自分には関係ないと言わんばかりに、ゆったりと微笑んでいた。そんな彼にせせら嗤いを向け、圭一郎は言う。 「お前は、そんな経験をしたことがあるか?」 リョウは目を見開き、こちらを凝視する。圭一郎はその視線を無視した。ハンガーラックにかけておいた背広と黒のトレンチコートを着て、鞄を手にする。 「明日は早いから、今日はこれで帰る。お先に」 返事はなかった。流石のリョウも、自分は貶されたのだと分かったのだろう。罪悪感はなかった。むしろ、清々しい気分になり、やはり自分は性悪でもあると圭一郎は改めて実感した。 そして、そんな自らを受容しているあたり、本当に救いようがないのは自分なのかも知れないと、人知れず苦笑を滲ませる。部屋を出れば、ちょうど若いゲイカップルが仲睦まじく隣の部屋に入っていくのが見えた。 ……圭一郎もリョウもゲイだ。世間ではセクシャルマイノリティーと呼ばれ、区別されている。ヘテロの人間よりも恋愛対象になり得て、かつその恋が成就する相手も可能性も限られている。 そんな中で、今しがたの若者は互いの指をしっかりと絡め、愛しむような眼差しを向け合っていた。見た目の美醜などに関わらず、それはあまりにも美しかった。美しくて偉大で、惨めな思いになった。 幸央との恋を引きずっているわけではない。ただ、今の自分がどれだけ虚しい存在なのかを気づかされた。圭一郎は唇をきつく噛んだ。こんな場所からさっさと立ち去ってしまいたくて、動作が速まるわけでもないのに、ロビーへと降りるエレベーターのボタンを連打してしまう自分がますます惨めで虚しくて、大声で喚き散らしたくてしょうがなかった。 その後、リョウからの連絡は途絶えた。 当然だと思う。圭一郎から彼に連絡を取ったことはない。今後も取るつもりはなかった。 これで、リョウとの関係は終わった。水曜日の夜7時過ぎにスマートフォンが震えなくなったことを、圭一郎は特に何も思わなかったし、彼と出会う前の生活に自然と戻っていった。

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