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第20話

光陰矢のごとし。30歳を過ぎてから、ますますそう感じるようになった。 仕事ではこの秋に昇進試験がある。ぼちぼちその対策を練り、勉強し始めなければならない。私生活ではお盆休みに、避暑も兼ねてオーストラリアを旅行する予定だ。エアーズロックでサンセットを見て、グレートバリアリーフの美しいサンゴ礁を眺め、コアラ・ガーデンでコアラを抱っこして……まるで女子大生が考える旅行プランだが、ひとり旅なので気にしない。 ……それに、そろそろ新しい恋がしたい。恋人がほしい。幸央への執心と彼の情人である春樹への嫉しさに折り合いをつけて久しくなった今、ようやく心の底から愛せる誰かを、圭一郎は欲していた。二丁目の知人に自分と相性の良さそうな男を紹介してもらうか、《ミラージュ》に通ってみるか。とりあえず、何かしらの行動に移そうと考えていた。 始業のチャイムが鳴り、形式的で手短な朝礼が始まる。だいたいの職員が気怠そうに突っ立って、朝礼当番の事務連絡を聞いていた。その後、休みの間に溜まっていた事務仕事を淡々とこなしていき、あっという間に昼休みのチャイムが流れた。 久しぶりに、あの洋食屋へ行こう。圭一郎はデスクで愛妻弁当を広げている笠原に、「外でメシ食ってくる」と告げてオフィスを出た。 都庁から徒歩5分ほどの距離にある洋食屋《太陽亭》へ行くのは、新年度になって初めてだ。 4月中は毎日、コミュニケーションを目的に他のメンターやメンティーと一緒に職員食堂で昼食や、時には朝食、夕食をとっていた。お陰で新人の人柄や趣味、好き嫌いなどについて把握することができ、仕事上でのやり取りがスムーズになったものの、《太陽亭》のオムライスが絶えず恋しかった。それを想像するだけで口の中が唾液でいっぱいになり、人知れず身体がうずうずとしていた。 今日からまた、《太陽亭》に通える。ひとりでぼんやりとオムライスを食べ、午後からの活力をつけることができる。店に向かう圭一郎の足取りは心なしか軽かった。

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