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第21話
都庁南の交差点を渡ってすぐのところに、その店はあった。レンガ造りの西洋風の建物で、白いひさしで翳った店前に、ランチタイムのメニューが書かれた立て看板が置かれている。ひさしの頭上には、丸みのある字で《太陽亭》と表記された横に長い木製の看板が掲げられていた。1ヶ月と少し前とほとんど何も変わっていない店構えが、嬉しかった。
早速店に入ると、お昼時で店内はかなり混んでいた。幸い、カウンター席がひとつ空いているのを確認したところで、顔なじみの店員から「あっ! 宮田さん、いらっしゃい! 久しぶりね!」と溌剌とした笑顔で声をかけられ、圭一郎も口角と右手をあげた。長年パートとしてこの店に勤めている女性店員は、典型的な肝っ玉母ちゃん気質で、テキパキと仕事に励み、アルバイトの大学生に叱咤激励しながら仕事を教え、どんな時も元気な笑顔と声で接客している。常連客とは世間話に花を咲かせ、それでも仕事の手はいっさい緩めない。この店のホール仕事は、彼女がいないと成り立たないだろう。
「あのカウンターの席、いいですか?」
「もちろんよぉ! ラッキーね、ひとつだけ空いてて」
「ええ、ありがとうございます」
圭一郎はカウンター席がお気に入りだった。ひとりだからという理由もあるが、目の前に広がる厨房の様子を眺めるのが好きだった。店員もそれを知っているので、圭一郎の来店時にカウンター席が空いていれば、そちらに優先的に案内してくれる。
上司と同世代くらいの中年男性が、隅っこの席に座ってビーフカツ定食を食べていた。圭一郎はそのとなりの席に座り、水とお手拭きを置いてくれた店員に「ランチセットAで」と告げた。「はーい、いつものねー!」と彼女から快活な声が返ってくる。これに呼応するように厨房から、「A入りまーす!」「はーい!」とハリのある揃った声が聞こえてきた。いつも通りのやり取りだった。
手を拭き、水をひと口飲んでから、背広のポケットからスマートフォンを取り出す。テキストチャットに届いていた弟からのメッセージに返信したところで、視線をふらりと厨房へと向けた。
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