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第23話
オムライスを平らげ、サラダとスープの皿も空にしたところで、厨房から「澤田くん、休憩入っていいよー!」とチーフシェフの野太い声が聞こえた。彼は皿洗いをやめ、チーフシェフの方を向いて「ありがとうございます、お先に休憩頂きます」と折り目正しく頭を下げる。その光景に圭一郎は再び目を見開いた。
……見た目は変わっているとは言え、確かに彼はあの青年だ。しかし、まるで所作や声質が違う。あんなにちゃらんぽらんだった彼が、いったい何故どうして……。圭一郎が混乱しているうちに、彼は裏口らしきところから厨房を出て行った。
あれこれと考えるのは取りあえず後だ。圭一郎はスマートフォンのテキストチャットを開く。弟から返信がきていたが、それを無視して、コンタクトリストを遡っていく……。
幸い、彼のアカウントは削除されていなかった。ラブホテルで落ち合う際の連絡にしか用いていなかったチャットルームに、初めて異なるメッセージを送った。
『店の裏で会おう。待っている』
そして圭一郎は水を飲み干したのち、会計を済ませて、活気あふれる《太陽亭》を足早に出た。
この時間帯、《太陽亭》の裏は日陰になっていた。車道を挟んだ向かいに、大手金融会社の高層ビルが建っていて、太陽の光を遮っているのだ。今日は絵に描いたような晴天で、背広を着ていると暑いくらいだったが、この場所は少し肌寒かった。
圭一郎の前に現れたリョウは、厨房で被っていた黒いキャスケット帽を取っており、髪はぼさぼさだった。最後に会った時より暗く短くなっていたが、サイドのツーブロックは健在で、爽やかさが増したように思う。慌てて店の外に出てきたからか、わずかに息を切らしていた彼は、いささか決まりが悪そうに、加えて緊張した面持ちで圭一郎と向かい合った。
「……どういうことだ」
1年以上ぶりの再会なのだから、久しぶりの一言から始めればいいものを、存外に動揺していたせいで、問いつめるような言葉が口をついて出てしまった。リョウの顔がさらに強ばったのを見て、申し訳なくなる。
「どういうことって言うのは……」
「……この店で働いてるのか?」
「あぁ、うん、そう」とリョウはぎこちなく笑った。「俺、3月まで調理の専門学校に通ってたんだ。無事に調理師免許を取って卒業して、4月から……」
知らなかった。彼が専門学校生だったことも、調理師を志していたことも。思えば、あれだけふたりでホテルにしけこんで、互いの身体を暴き合ってきたのに、自分が彼について知っていることと言えば、名前と年齢、実家との関係、テキストチャットのアカウントくらいだった。圭一郎は今さら愕然とした。
「今はまだ皿洗いとか、簡単な調理とか、それくらいしかさせてもらえてないんだけど、毎日色んなことがあって、たくさん勉強させてもらってるよ」
リョウは伏し目がちにぽつぽつと教えてくれる。その姿に、かつての浮ついたはすっぱな彼と重ね合わせることはできなかった。真面目な好青年となった彼に、圭一郎は依然として戸惑った。
「そうなのか……」
「うん……」
気まずい沈黙が流れる。呼び出したのは自分である上に、訊き出したいことはまだあるはずなのに、言葉が出てこない。黙っていると、リョウが恐々とこちらの顔を窺ってきた。あまりにも情けなく、このままではいけないと思った。圭一郎は、重苦しい空気を押しのけるように訊ねる。
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