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第4話 甘い日と痛み

 手を振り払われ、桐生は呆然と立っていた。  散々傷つけた記憶と後悔だけが残っている。  やっと皐月を探し出し、会って話ができると期待していた自分が馬鹿馬鹿しい。なんども皐月へ視線を送ったが、皐月はころころと笑って返す。それでも細っそりとした身体つきがまた一段と痩せこけ、目もとにはうっすらと隈が沈んでいた。その青白い顔にいてもたってもいられなかった。  蒼と付き合っていると聞いていたのに、別れたと声にしていた皐月。  すべて自分が悪いともきこえ、まるで自分を責めているかのようにも感じた。  自業自得なのはわかっている。  店を出て、弘前を車へ送り届けてから話そうと皐月を誘うがかたくなに振り払われた。  走って逃げていく皐月を追って、諦めきれず腕をつかむ。  三年ぶりの再会にしては短すぎて、納得がいかなかった。  いま、諦めるなんて考えられなかった。なぜか、二度と会えないんじゃないかと思った。あの時と同じように煙のようにいなくなった記憶が苦しめてくる。  桐生は走った。走りながら、過去の自分にもがいた。  突然、前方からキャアッという女性の甲高い悲鳴が耳にはいり、目の先でざわざわと集まっていく人だかりが見えて、寒気にも似たものが背中にぞくぞくと抜けた。  なんだ?  事故なのか? 怪訝そうに集まる人をかき分けて歩いた。皐月だった。  顔色が悪かった顔はさらに青ざめ、頭と腰から血を流している。その血は色を失ったようにさまようようにどす黒く垂れていた。  頭が真っ白になり、すぐにあたりを見回す。 「すみません、救急車をお願いします」  わなわなと震える女性の隣にいたサラリーマンに声をかけ声をかけた。人間は指名されると使命感がわくのを知っている。辺りを見回して、現場をよく観察した。  犯人らしき奴はいない。通り魔か?  なぜ、皐月が刺される?  色んな疑問が泡のように湧いてくる。皐月のもとに駆けよって、真上から覗き込んだ。 「き……きりゅ……う……」  うっすらと目が開いた。 「しゃべるな」  桐生は太い声で皐月を制した。 「ん、大……じょ……ぶ……」 「いいから、しゃべるな」  そう口にしながら、とろりと流れる血液を押さえつけた。手とシャツはべっとりと血がついており、頭からも出血している。 「ごめ……」 「そんなのいい」  厳しい声でおこってしまう。あやまるのは自分だ。  真っ赤な手が目の前に差し出されぐっと強く握る。手がガタガタと震えている。その手を強くにぎると、救急車のサイレンが遠くけたたましく鳴り響いてきこえた。  大丈夫と笑った最後の顔が忘れられなかった。  その顔は初めてじゃない、二度目だ。  嫌な予感がしてたまらない。  離さなければよかった。無理矢理にでもあと一軒連れて、ちゃんと話し合えばよかった。本当の気持ちを伝えるべきだ。  まだ遅くない。  桐生は皐月が運ばれていく姿をじっと眺めていた。  恋人なんていない。うそだ。  差し伸べられた手をにぎり、桐生は皐月のそばについた。

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