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第9話 過保護な桐生

「いいか、俺が帰るまで必ず携帯の電源は切るな。あと家のセキュリティの電源も勝手に解約するな、俺が契約してるから無駄だからな」  何度もうるさく口にする桐生を横目に、はいはいと適当に返事を返しながら荷物をまとめる。 「……分かってるよ。どうせしばらく一緒に住むんだろ」  想像するだけで、うんざりした気分になる。記憶とともに残る五年前の無愛想、いや、クールな桐生はどこかに消え失せてしまった。  足はまだぴりぴりとした麻痺が残る。ただ、むち打ちのような全身の痛みはない。順調に回復している。荷物をつめこもうとすると、桐生とともに麻生という所轄刑事が病室を訪れ、簡単な事情聴取をされた。犯人はまだ足取りすらついてないそうだ。  桐生は麻生刑事の後ろに立ち、ただじっと耳を傾けていた。引き締まった胸板が、紺色のストライプスーツの布越しから浮き出ていた。刑事らしい横顔が、普段とはちがう緊張感を募らせていた。  財布などの貴重品は盗まれておらず、友人関係も乏しい自分は恨みを買う機会すらなかったので幾つかの質問を確認すると、すぐに麻生は桐生とともに帰っていった。  退院も目前になり、退院すれば桐生とも暫く会わないと思った。だから、安堵していた。落ち着いたら、桐生に粗品を送って電話をしようと考えている。これ以上甘えたくもないし、関係を繋げたくもない。  だがその思惑も見舞いにきた弘前によって台無しにされる。弘前は見舞いに来たかと思うとあれやこれやと談笑したのちに、家族もいない記憶喪失の自分を一人にするのは危険すぎる、桐生がしばらく同居すればいいんじゃないかと能天気な提案した。  確かに両親は学生の時に事故でなくなっていた。保険金と賠償金でなんとか頑張って一人で生きてきた過去がある。だから別に三年分の記憶がなくとも仕事と住む場所があれば暮らしていける自信があった。  しかし現実はそう甘いものでもなく、最近自分は住所変更をしていたらしい。新しい住所をみるが縁もゆかりもない知らない場所だった。  桐生に聞くと引っ越した理由は仕事柄、もっと有意義な場所で暮らしたいという至極まともな理由らしかった。傍に誰かいると安心できたが、ここ数日の桐生の異常な世話焼きに少々嫌気が差していた俺は弘前に強固な反対を申し出た。  が、その提案は桐生にあっさりと承諾され、今日から同居する羽目になってしまったのだ。  三年前の張り詰めた空気はないが、別人と化した桐生とまた暮らすなんて想像ができなかった。さらに忘れてはいけないのが桐生には恋人がいる。しかも同じ同性だ。さらに気を使ってしまい滅入りそうだった。  甲斐甲斐しく見舞いに来られて、こんなに優しくされると勘違いしそうになるが、恋人がいると聞いてからある一定の線引きをどう引けば良いか少なからず自分を悩ませた。 「とにかく、犯人が捕まってないんだから着いたら連絡しろよ。ちゃんと折り返せよ」 「……わかったよ。とにかくちゃんと連絡するから、桐生は今日は仕事だろ。早く仕事に戻ってくれ。俺は大丈夫だから。」  そう言うが、桐生は眉間に皺を寄せまだ疑っていた。 「いいか、もう一度言う。まだ犯人は捕まってない。……お前が大丈夫だというときは、必ず大丈夫じゃない。だから、無意味に行動するなよ」  刺されて記憶までなくしたのに、自由までなくしてしまいそうだ。  5年前の桐生とは別人のようで、口喧しく過保護な対応に連日俺はげんなりしていた。本来の桐生は自分に興味すら抱かなかった記憶しかない。  溜息をついて、残りの荷物をバックに投げ込むと、横で監視をするように桐生が腕組みをしているのが見える。俺はいつから被疑者または容疑者になったのだろう。  そこにノックと共に弘前が入ってきた。 「あれ? 君達本当にもう仲良いね。喧嘩?」  締切から解放され気分が良さそうな弘前がにこにこと近づいてきた。先日見舞いにきた際、桐生とは昔仲が良かった友人と白状した。 「前から知り合いだったとは知らなかったけど、皐月は桐生くんによく感謝した方がいいかな。君が眠っている間は毎日見舞いに来てたらしいし、一番心配していたと思うよ?」  横にいた筈の桐生をみようとしたら、いつの間いなくなっていた。照れ隠しでもなく、単に弘前に絡まれるのを避けて逃げたのだろう。 「だからって過保護すぎだよ。前まで関心なさそうにしてたのに、急にあれこれ口にだすし、暫く一緒に住むなんて無理だよ。いくら犯人の足取りが捕まってなくとも、なんで俺が携帯にGPS入れられて、これから住む家はセキュリティ会社と勝手に契約されて、全部監視されてる気がして、勘弁して欲しい」 「……まあ似たような人間は知ってるし、まだマシな方だと思うよ。上には上がいるからね。……それより僕も飲みに誘ったばかりに本当に申し訳ないと思ってる、本当にごめん」  弘前は気まずそうに頭を下げた。  飲んだ帰り道と聞いたが、それも記憶があやふやで覚えていない。 「なに謝ってるんだよ。刺した奴が1番わるいんだし、本当は犯人をまだ捕まえられない桐生に謝ってほしいよ」  笑って明るく言うと、弘前は申し訳なさそうに苦笑した。余計な提案はしてくれたが、思いやってくれる友人がいて心が温まった。弘前はパンパンになった鞄を持ち、自分も後に続いて病室をでた。  結局二週間もここで桐生とほぼ過ごしていた。仕事の合間を縫っていつもここで会った。  桐生から逃げたと思っていたが、その記憶も本当かどうか怪しくなるほど桐生は優しかった。  面会時間ギリギリまでいてくれたし、足の心配をいつもしていた。夜遅く面会時間ギリギリでも顔を見にだけ息を切らしてきた事もあった。  たまに勘違いしそうになったが、それも今日までと願いたい。  消毒液の匂いが充満する病院を後にして、弘前の後ろを少し足を引きずりながら、そんな事をぼんやりと考えた。

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