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第13話 携帯と地図
結局、頭を下げるしかない桐生に意味もなく「悪かったよ、わかったよ……」と謝った。しまいには自分が折れてしまい、その場をやり過ごすということなかれ主義のさががでてしまう。
せっかくの栄養満点の豪華な食事も味気なく、無言で二人で食べる。刺身もサバの味噌煮も咀嚼して味わうまえに飲み込んだ。
そしていまだ。ほうじ茶をすすっている。
断っておくが食事が終わると皿洗いをすると自ら進んでやろうとしたが、休んでろと凄まれ、いまに至る。
背後にいる桐生の背中にちらりと視線をおくる。
精悍な体格だ。ほどよく筋肉がついた肩甲骨にしがみついて顔をよせる自分を思い出してしまう。真っ赤になり、視線をもどす。
桐生は使い終わった鍋なども洗っていた。料理器具は桐生がほとんど揃え、皿までいくつか用意していた。
料理の手際もよく、結婚相手には最適だろう。
まあ、別れた自分には関係ないけど。
桐生がなにを考えていたのかまったく分からない。
長い入院生活、腰の激痛からの回復、足の麻痺のリハビリ、仕事、保険の手続きなど慌ただしくしい。三年前の桐生への感情も薄れてる。
……とにかく、桐生への恋心はない。
でも、まったく、完全に、もう好きではないと言うと、うそだ。入院中に桐生はずっとそばにいてくれ、こうやって一緒に数日だけでも過ごせたことで桐生への気持ちがふつふつと音をたててよみがえりそうだ。
桐生も自分も過去にこだわすぎてる。
そんな気が、する。
ましてや桐生には恋人がいる。
その恋人を思うと、胸が痛んだ。
自分が横恋慕している性格の悪いやつに思えて、その相手に同情してしまう。
はやく、この気持ちも、桐生も、手離したい。
「……風呂に入ってくる」
いつの間にか、桐生が背後に立っていた。
男物のエプロンをしている。うっすらと額に汗をかいており、前髪が濡れていた。
「わ、わかった」
気まずい。
やはり過去の残っている記憶と先程の謝罪を照らし合わせると、色々聞き出したい。が、言葉が浮かばない。
「なんだ?」
「アプリ、消しとくから」
「あか、アプリから削除したら、携帯の末端データまで削除するよう設定したから」
「な!?」
「心配なんだよ、じゃあな」
桐生はそう言い残し、手をふって背中をむけた。かたちのよい肩甲骨がみえた。立ち上がって、殴ろうかと思ったがすでに相手はいない。
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