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第20話 魅惑のケーキ

外を横目に窓ガラスに映った菫の表情を見た。物憂げな表情をやや傾きかけた陽光が反射して、うっすらとか見えない。 それでも菫は魅力的で、切り取られたような美しい造形は魅惑的な美しさを放っていた。 「……なにか、気に障る事を話していたらすみません。普段からあまり人と話すのは得意ではなくて……」 突然訪れた沈黙をどうにか破ろうと必死だった。 その言葉で菫はハッとし、顔を上げ首を静かに横へ振った。 「ごめん、少し考え事をしてたよ。君が謝る事はないんだ。……僕こそ、ナイーブな部分をしつこく聞いちゃったね。……うん、今のは忘れて欲しい。あと……もうこんな時間だね、少しお手洗いに行ってきてもいいかな?」 先程の物憂げな表情は消え、左手にあるシンプルなデザインの腕時計に目を落とし菫は微笑んで席を立った。 「……わかりました」 菫は入口前にいたウェイターと話すと、煌びやかな店内から出て行った。 昼間の喧騒の中、合間に流れたピアノ協奏曲が耳を撫でた。 残された自分は先程の会話を思い出しながら、時間を確認する為、ポケットに入っていた携帯に電源を入れた。 画面が起動すると、時計の数字は2時を少し過ぎていた。そしてメールと着信はなかった。   ぼんやりと夢うつつのように感じた朝の情事を、思い起こした。桐生の気持ちも意図もまったく分からない。 不毛な気持ちだけが、このまま積もり重なるのは辛い。あと数日で桐生の有給が終わるとしてと結局は桐生の自己満足なのだ。 一般人である自分を酷く心配するだけだ。 桐生には本来守るべき人は俺ではない。 過去の植え付けたトラウマが呼んだだけだ…。 「ごめんね、待った?」 暫くすると菫が戻ってきて、傍に立っていた。 スラリとした長い足がとても目立つ。 「……あ、会計を済ませます」 考え事をしてたばかりに、隣に立たれて所動的にウェイターを探した。菫は脇に置いた鞄を持って席から離れた。 「大丈夫、それは済ませたよ。もう行こうか」 あまりにもスマート過ぎて、一瞬何を言っているのか分からなかった。会計を済ませてない苛立ちと焦りから周りを見渡すが、ウエイターもこちらへ笑いかけるだけだった。 「いや、ここは支払わせて下さい」 「いいんだ、実はこのホテルの株式優待券を貰ってて、それでここしたんだ。話すのがちょっと恥ずかしくて、先に話をすれば良かったね」 菫は照れたように笑った。 「………いえ、駄目です。少しは払わせて下さい」 流石に服や食事を初対面に近い男に奢られ、居心地が悪く食い下がった。 颯爽と歩く菫は、支配人らしき人に頭を下げていた。その横で小さな声にて訴えたが、菫は聞こえないふりをしているのか、そのまま通されたエレベーターに乗った。 後に続いて乗るとエレベーターには誰も居らず、青く映る景色が下へと流れて行く。 「……じゃあ、昨日の喫茶店のケーキを食べたいな。ムースも美味しかったけど、あそこのケーキ気になったんだ。今から行って食べない?」 着こなしたスーツのネクタイを緩め、少年のように菫は笑った。日に焼けた肌から見える白い歯がとても印象的だった。

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