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第24話 叶わぬ想い
むっとする暑さとは対照的に、冷房が効いた馴染みの店内で桐生は己の愚かさに辟易していた。朝の行為を皐月に咎められ、やっと数日間積み上げたと思っていた信頼を壊してしまった。皐月をひどく怒らせて、傷つけてしまった事を反省した。そして自分で口にした言葉を悔やんでいた。
あいつ、電源を切ってやがる。
昼間なのに、まだ携帯は繋がらず、反応はしない。今日はもしかしたら帰って来ないかも知れない。いや、本人は自分が荷物を纏めて出て行ったと思っているのかもしれない。
「桐生くん、僕達はまだこの嘘みたいな関係続けていいのかな?」
店内のカウンターでは菫 葉月 が粗めに挽いた豆をドリップに均一に入れ、お湯を垂らしては蒸らす。段々と豆の深い芳ばしい香りが漂ってきた。
「……もう暫くお願いします」
そう言って、葉月がドリップにお湯を注ぐ姿を只眺めてまた朝の情事を思い出していた。
朝は夢うつつに寝ぼけ、そのまま抱きそうになった。いつの間にか抱き締めたまま寝てしまい、夢の中の皐月と混同していた。
後ろに逃げる細い腰を引き寄せ、両手を拘束しながら押さえつけた。尖った突起を吸うと快感に身を震わせる皐月がとても愛おしく更に痕をつけたくなった。
皐月は首を振って、目尻に涙を溜めていたのは分かっていた。桐生に触れられ、昔のように関係を繋げるのを全身で拒んでいた。
だが数年ぶりに吸い付いてくる肌を目の前にし、嫌がる皐月に対し自制を失う。
やっと触れられた喜びと皐月の匂いが、性欲を一気に刺激し、終わらないでくれと思いながら愛撫した。桐生は皐月が段々と火照って熱くなる身体に夢中だった。
どうにか堪えて手淫だけで終わらせたが、皐月の押し殺した喘ぎ声と白く艶かしく汗ばんだ肌の感触が忘れられない。
「僕は早く皐月君に伝えた方が得策だと思うよ?本当は付き合ってもないし、ずっと好きだった。てね。いい加減、僕もそろそろこの停滞した進捗に飽きてきたよ」
葉月は168センチと小柄で童顔で毒舌だ。
笑うと大学生に見えるが、三十路を越えており菫家兄弟の次男でもある。
香り高い珈琲がようやくカップに入れられて、目の前に出された。
この喫茶店は紅葉と葉月、そして弘前 満 が同居してしている家に隣接しており、葉月はその喫茶店の店主だ。
店の中はこじんまりしており、険しい坂を登らないと辿り着かないせいか客足も少ない。
桐生は紅葉に仕事の依頼をした後に立ち寄り、珈琲を飲むのが日課となっている。今日も客はおらず、ほぼ葉月の趣味で営業しているものだった。
今日も同じように犯罪心理学という建前で、過去の事件を漁っている紅葉に頼まれた書類を渡しにきた。
「……皐月は俺の事、心底嫌ってますからね。今更、本当の事を知っても何も変わりませんよ」
「じゃあ蒼兄さんが再登場して、付き合い直しても君は我慢できるの?」
「…………それは」
「また同じように、蒼兄さんに取られるかもしれないよ?」
葉月も珈琲を飲み、意地悪そうに微笑んだ。
その笑いは蒼にも似ており、あの病院ですれ違った白衣姿の蒼を思い出された。
蒼は驚きを隠せず、松葉杖の皐月をずっと見ていた。別れたと聞いたが、入院中何もしようとせず今更だった。
信用していただけに、皐月を手離した事が許せない。
「……それは、勘弁して欲しいです」
やや酸味がかった珈琲の口当たりは悪くなかったが、蒼の姿を思い出すとやけに苦く感じた。
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